生きていくなんてわけないよ

とあるディズニーオタの要らんことしいの知らんこと言いのブログ

『最後のジェダイ』を批判する人は何に納得していないのかまとめて反論してみた。

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D23 EXPOにてDisney Legendを受賞するマーク・ハミルとディズニーCEOのボブ・アイガー

どうも。みなさん「スター・ウォーズ/最後のジェダイ」が公開されましたね。

僕も公開初日に行って来ました。はっきり言って最高傑作!!

と思っていたら、twitterに流れてくる反応はどうやら僕と違う感想ばかり。

というのも、やはり公開初日にわざわざ見に行くような人はスター・ウォーズのディープなファンばかりで、その多くがその内容に失望しているようだった。

僕は純粋に映画として楽しんだのだけれど、彼らはそれが「スター・ウォーズではなかった」というのである。

挙げ句の果てに某有名テレビ番組作家でありスター・ウォーズ歴40年、私設のファンクラブも持っているおじさんが「『最後のジェダイ』褒めてるやつはバカばっか!映画見る目ないんだからもう2度と映画見るな!」と興奮してツイートしてしまう始末。

「あー、期待したスター・ウォーズじゃなくてがっかりしたんだねーよしよし」とおじさんを慰めてあげたい気もしたが「批評サイトの高評価は批評家をディズニーが買収した情報操作」やらなんやら色々言っていたので、ちょっとカチンと来たところもあり、(一方で「もうディズニーランドなんか二度といかない」と言う発言には「あ、それはすごく助かります」って感じ)一体どういう批判が溢れているのか、どこがどう納得いかないのか、それと、そこに対する僕自身の意見やら反論・監督のインタビューから明確な意図が見つかればしていこうと思う。

ちなみに当の荒れている彼はほぼ「脚本がめちゃくちゃだ!」「クソつまらん!」ということしか言ってなくて、他の人のように「このシーンってどうなの?」みたいなツイートはあんまり見受けられないので、単に気に入らなかったんだろうなと認識している(わざわざ彼のブログにまでアクセスしたのに「誰が見てもダメなので、いちいち書かなくてもダメなシーンはどうせ他の人が指摘してくれるでしょう」という感じだった)

もちろん、「最後のジェダイ」にも欠点はあるし、そもそも「完璧な映画」なんてほとんど存在しないのは当然。僕自身この記事も賛否両論含めて書いています。自分の意見や感想も交えての反論なので、それが客観的かどうかはさっぱりわかりません。だけど「最後のジェダイが好き」というだけでどこぞの1ファンに「もう映画見るな」とか「低偏差値」とか言われる筋合いなんてないのです。

それに調べれば調べるほど「スター・ウォーズぽくない作品」だと思ってた今作が丁寧にスター・ウォーズのお約束やノスタルジアを提供してくれていることがわかるので、そこについても触れてみたいと思います。

 

「最後のジェダイ」面白かったよ!という人も見ていただければと思います。

 

当然ですが「スターウォーズ/最後のジェダイ」のネタバレを含みます。

 

※当記事へいただくコメントに関して、筆者やファン、監督、出演俳優たちへ向けての映画の内容とは関係のない誹謗中傷を含む場合は基本的にコメントを承認せず削除させていただきます。

 

 

 

 

内容ちょいちょい加筆してます

 

ライムスター宇多丸氏のラジオ番組の書き起こし(本人による補足説明あり)もでてきたのでちょっと書き足します。

www.tbsradio.jp

基本的に彼の言ってることはかなり的を得ていて、そこに「冷める」か、「気づかない」か「それ以上にあの画に感動するか」「衝撃に心をもっていかれるか」というだけの差かと思います。

 

この記事では主にツイッターで見かけた「これどうなの?」というものに対して反論していきます。

目次

ストーリーに関して

 全編通して「逃げ戦」であるということ

「最後のジェダイ」は2時間半ずーっとレジスタンスがファーストオーダーの追っ手から逃げているだけです。

もちろんその間にレイとルークの絡みがあり、フィンとローズの作戦があり、レイとカイロ・レンの絡みが挟まれますが、「レジスタンスVSファーストオーダー」の本筋がほとんど動かずにファンが激怒、という内容。

反論

もちろん好き嫌いもあるだろうし、爽快感がないかもしれませんが、少なくともつまらないと感じることはない作りだった。というか逃げてるだけなのにこれだけ面白く作れるのがすごいと思ったくらい。「帝国の逆襲」も基本は「逃げ戦」だし。

まぁ、全体的に長いなぁという感じはした。だからこれに関しては批判する人の気持ちもわかる。結局はここも好みの問題に尽きるかと思います。

アクバー提督がその死を描かれずにキャラクターのセリフにて死亡が確認される

メインキャラクターではないとはいえ、エンドアの戦いの英雄・アクバー提督がこんなフェードアウトの仕方をするなんて誰が想像しただろうか。

確かにファンにとっては重要キャラクターなんですよねアクバー提督って。スター・ツアーズにも登場するし、海外の「ハイパースペースマウンテン」にも登場します。

 

しかもこれが結構な序盤、かつ代わりに提督に就任したキャラクターがかなりいけ好かない人で、それも含めて序盤からファンのこの作品に対する印象の悪さって決まってしまったところがあるんですよね。いやはや。

彼の死はNARUTO -ナルト-作者の岸本斉史先生が重要キャラクター「日向ネジ」の死亡したシーンについて語った

「死って意外なほど突然来るんですよ。それまで、例えば自来也の死のシーンとか、わりとねちっこく演出することもありましたが、ネジのときはそれをあえてやめました。死は突然だし、戦場の中で感傷に浸る余裕もない。いつ誰が死ぬか分からないという覚悟がないといけないし、丁寧に描き過ぎればウソくさくなる」

【インタビュー/前編】「NARUTO-ナルト-」原作者・岸本斉史が語る 忍の世界の設計図 | cinemacafe.net

というのに似ている気がします。まぁこれは完全に予想なので、実際どうなのかはわかりませんが。

作戦の悪さ

作中に出てくる色々な作戦が、ものの見事に失敗します。これをライムスター宇多丸氏は「出てくるやつみんなバカばっかし」とラジオで批判しました。

確かに冒頭からよろしくない作戦の連発。

1つ目はポーによる敵船の攻撃。輸送機?のような船から大量の爆弾を直接真上からスターデストロイヤーに落として破壊するというものなのですが、案の定輸送機を直接狙われて爆弾を落とす前に輸送機が爆発するという展開。

レイアが作戦中止を命令するものの、ポーは無視して続行、最終的にスターデストロイヤーを一機破壊するものの、払った犠牲は大きかった。

 

これ、なんでキャノン砲だけを集中して攻撃するのか?っていうと……非常に無謀な作戦だと言われながらも、飛び込んでやるわけです。なんでか?っていうと、その後から重爆撃機を呼び込むための作戦だ、というんですよね。「ああなるほど、キャノン砲をやっつけておいてから重爆撃機を呼び込んで、要は撃たれないようにしてからやるのか」と思ってたら……そこにタイ・ファイターが飛んできて、その重爆撃機がバッコンバッコンに落とされる。っていうか、タイ・ファイターどころか、タイ・ファイターの破片がぶつかって爆発とかしているんですよ。ええと、この乗り物……脆すぎません?(笑) こんなものにいっぱい爆弾とかを積んで……しかも、この乗り物だけ、なぜか異常に遅いんですよ(笑)。

いっぱい爆弾を積んでいるから? えっ、重力? だったら「宇宙空間とは?」って(笑)……「宇宙空間とは?」っていう意味では、爆弾を落とすために(重爆撃機の)下を開くんですよね。宇宙空間ですよ。下がバコッて蓋が開いて、覗いていたりするわけです。そこから爆弾を「落下」させるんですよ。ええと、もう1回言います。「宇宙空間って……?」(笑)っていうね。で、要は『ローグ・ワン』でも目立っていたけども、こういうことです。「ためにする見せ場づくり」っていうか……「あぶなーい!」「間に合わなーい!」っていうのをやる「ため」の、無理矢理につくった見せ場だから、こういう無理矢理なことが起こる。

【映画評書き起こし】宇多丸、『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』を語る!(2017.12.16放送)

 

2つ目はフィンとローズによるハイパースペースラッキングのコード破り作戦。

目的だった人物が捕まえられず牢獄に入れられた2人は、牢獄で出会ったDJ(ベニチオ・デル・トロ)に助けを借りて脱出し敵船へ乗り込む。

途中までは上手くいっていたものの、不幸なことにファーストオーダーのドロイドのBB-9Eに見つかってしまい、挙げ句の果てにDJにレジスタンスの作戦内容を取引に利用されて裏切られ、レジスタンスまでもが窮地に。

 

反論 ?

宇多丸氏の批判はよくよく考えると(考えなくても)的を得てる。宇宙空間だから爆弾、落ちないよねというのは確かに。まぁ船が遅いのはポンコツだからにせよ、「宇宙」という前提が崩れてるのはまぁ確かに・・・という感じはします。

 

僕は宇宙に関してはよくわかりませんが、そもそも「宇宙で大きな爆発が起きるということ自体おかしい」という人もいるので、宇多丸さんと同じような批判をする場合「新たなる希望」「帝国の逆襲」「ジェダイの帰還」も全て含めて「宇宙ではこんなことあり得ないから駄作」という批判になりますよね。「最後のジェダイ」だけ特別扱いで「これ宇宙なのにおかしくない?」というのは筋が通ってない。

 ちなみに「宇宙なのに爆発が起きるのはおかしい」という意見に対してかのジョージ・ルーカスは「俺の宇宙では爆発する」と答えたとか答えなかったとか。

 

「最後のジェダイ」には「失敗から学ぶ」という大きなテーマがあります。これは劇中でヨーダが口にしているので明らか。ライアン・ジョンソン監督には劇中でキャラクターたちに「失敗する経験」を与えなくちゃいけなかった。

だから劇中の作戦はお粗末なものが多かったり、ポーと提督が喧嘩する必要があった。

シン・ゴジラ」の「足を引っ張る人が誰もいない映画を撮りたかった」と逆のパターンですね。

たしかに見ていて気持ちよくはなれない部分もあるものの、戦争賛美の「勝った!イエーイ!」で終わる流れに一石を投じた感じがありました。それに、EP9で彼らはもっと成長して帰ってくる、という期待、希望にもなりえるという構造。

ルークたちだって「帝国の逆襲」のベスピンでは敗北して、ソロも誘拐されて終わってますからね。あの時点でのランド・カルリジアンもベイダーに騙されてルークたちの足を引っ張る存在ですから。

それにしてもアクバー提督の件は・・・どうにかならなかったのかなぁという感じ。

フィンとローズの作戦については後述します。

最高指導者スノークの伏線未回収での死亡

1番大きな批判を集めていると言われているのがこちら。前作「フォースの覚醒」ではホログラムのみでの出演でしたが、今回は実体が登場。ああ、よかった、普通のサイズだ! 笑

 

と思ったのも束の間、なんと三部作の中間の作品であるEP8で、最高指導者スノークはその魅力を発揮しきらないまま、多くの謎を残してカイロ・レンに殺されてしまいます。

作中1番の衝撃であり、1番の批判の的。

同時に、ホログラムの状態でありながら、話している相手をフォースで首締めができるほどのフォースの使い手なのに、なぜこうもあっさり殺されてしまったのか、というのも謎が残ります。

反論

監督のライアン・ジョンソン氏も語る通り「カイロ・レンを決定的な悪役にするには、EP8でスノークを殺しておかなければならなかった」というのです。*1

だってカイロ・レンずっと弟子だったら本当にオリジナル三部作と一緒じゃん。

それから、シスの伝統に「シスは師匠を殺すことで師匠を超えて、弟子を持つようになる」というのがあります。*2

かつてジェダイはたくさんいたのに、シスのフォースの使い手は必ず2人しかいないのはそういうことらしいです。師匠が死ぬか、弟子が死ぬか。

皇帝ダース・シディアスの時代もダース・モール、ドゥークー伯爵(ダース・ティラナス)、ダース・ベイダーという具合に。

 

実際「最後のジェダイ」においてレンは、スノークを殺害した後、「弟子になれ」こそ言わないものの、「2人で銀河を支配しよう」とレイを誘います。

この展開、完全にスターウォーズです。

EP5ではルークに、EP3ではパドメに誘いをかけるダース・ベイダー(アナキン・スカイウォーカー)と同じ。しかも、涙とともに必ず拒否されるという展開も。

歴代スター・ウォーズと全く違う展開をしながら、歴代スター・ウォーズと全く同じことをする・・・すごくないですか?

 

ちなみにスノークの正体については同じインタビュー記事で「(ファンは正体を知りたいだろうが)ここでスノークの出自を語るのはストーリーに無理が生じるし、レイにとっては関係のないこと」と監督が証言していてその上で「オリジナル三部作ではパルパティーンについてはほとんど明かされなかった」ということも付け加えています。確かに・・・!

EP4〜6の間の彼は「ダース・ベイダーの背後にいるなんかヤバいやつ」というだけで、どんな風にダース・ベイダーを暗黒面に誘い込んだかなどは一切語られません。

「最後のジェダイ」のこの部分が「伏線未回収だから脚本が劣っている」という人はオリジナル三部作も同時に劣っていると言ってるのに等しいような感じがします。

確かにあっさり死にすぎでは?とは思ったけど、EP6もなんか持ち上げられて落とされただけだしあれが完璧な演出かと言われると微妙だと思う・・・まぁ当時の技術的なものもありますが。 

 

フィンとローズのキスシーン

これはね、すごく納得します。いらないですよこのシーン。

別に「今全軍絶滅しそうなタイミングなのにする?」とかはいいんですよ、するでしょ好きだったら。もう死ぬかもしれないし。でもね、それまでのシーンにそういう思わせぶりなシーンが一切ないの。

ローズがフィンを英雄だと思って憧れていた部分も冒頭であっさり勘違いだったと気づくわけじゃないですか。それまでの旅に恋愛感情を抱くような必然性があればまだいいんだけど、本当に唐突なんですよね。

「え?好きになってたの?どのシーンから?」っていう。ローズがフィンを大切にしているっていう部分は命がけの救出で十分表現できてるし、それ以前の姉の形見のネックレスをレジスタンスを守るために差し出すシーンとかで、彼女の力強い人間性レジスタンスに対する想いとかって十分表現できていて、それなのにあの「おまけのキス」ですごく薄っぺらくなるんですよね。あれはなしだなー。

 

ルークの死亡

今作のアクバー提督の死や「フォースの覚醒」のハン=ソロの死と同じように「雑に殺しやがって!」という批判の多いルーク・スカイウォーカーの死。

反論

うーん、僕としては「新たなる希望」のオビ=ワンの死の方がよっぽど雑だったと思うんだけどな・・・謎が多すぎるし、ルークの修行終わってないし(というかほぼ始まってもない)

「最後のジェダイ」を伏線未回収だとか説明不足だとか言ってる人はあれを説明できるのかな、できるんですよね。すみません。オタクじゃないもんで。ちなみに「新たなる希望」もそういう雑な部分含めて大好きです。

 

もっというと、ハン=ソロが死んだ「フォースの覚醒」の脚本を書いたのはシークエルを批判している方々が大好きな「帝国の逆襲」や「ジェダイの帰還」の脚本を書いたローレンス・カスダンなんですよね。

もちろん監督のJ・J・エイブライムスも参加してますが、「ディズニーのお偉いさんや監督の彼が独断と偏見と自己都合によってソロを殺した」なんて筋書きは成り立たないかと思われます。

(極端な批判をする人たちの多くはジョージ・ルーカス自身が手がけたプリクエル三部作ですら認めないと豪語するので、結局何を見せても無駄という意見も多くあります)

 

あと、「ルーク・スカイウォーカー」がああいう登場の仕方と消え方をしたことで、彼は劇中でも真の伝説のジェダイとなり得ます。それも、彼の目的であるように思う。

自らを神話に完全に落とし込むことによって、不正や暴力、闇の勢力と戦う人々の希望となる。その犠牲として彼はすべてのフォースを注ぎ込む。

 

「自らを神話にして希望とする」という描写は「魔法少女まどか☆マギカ」を思い出した。まさか観てないよなライアン・ジョンソン・・・。

 

宇多丸氏の「ルークの功績を軽く見すぎ」という批判も、どうなのかな、レイはあまりにもルークに対して冷たいような印象も受けるけど、自分が生まれる前の戦争の伝説のヒーローなんてピンとこないだろうし、「帝国の逆襲」ではルークもヨーダの言うこと全然聞かなかったわけで。

 

キャラクター描写/性格などに関する批判

主人公レイの両親がなんでもない普通の人

スター・ウォーズ」オリジナル三部作(ep4~6)は主人公のルーク・スカイウォーカーがが闇の帝王とその弟子ダース・ベイダーを倒すまでの物語、プリクエル三部作(ep1〜3)はアナキン・スカイウォーカーがどのようにシスの暗黒卿ダース・ベイダーとなったかの物語。

スターウォーズの話においてスカイウォーカーの血筋は絶対的に重要というのがファンの総意(?)のようで、だからこそ今回の三部作の主人公レイは一体どんな出自の人物なのか?これはep7公開当初からファンたちの間でずっと囁かれていた疑問である。

ルーク・スカイウォーカーの娘?」「そうでなくても近しい人物?」などである。

実際のところ、スカイウォーカーの血筋は敵役のカイロ・レンことベン・ソロがハン・ソロとレイア・オーガナ(レイアはアナキンの娘でありルークの妹)の子供であることがep7では判明している。

なのでレイの両親の謎もep8で判明する?と思っていたら、カイロ・レンにより「普通の人間」「酒代のためにレイを売った」「もう死んでいる」と言い当てられる。

レイ自身も、心の奥底で気づいていたものの、その現実を受け入れきれないでいた、と。

 

ep7においてアナキンの孫でありルークの甥、ジェダイの教えもスノークによるダークサイドの教えも学んで来たはずのカイロ・レンを、一切フォースについて学んでいないはずのレイが圧倒していて「あれだけ強いフォースを持っているのになんの変哲も無い家庭の産まれだなんて信じられない!」というのが批判の的となったようである。

 

反論

僕個人の意見でいうと「レイはSWのEP○に出てくる○○の娘でした!スターウォーズっぽいでしょ?」となるほうが冷めるというか、絶対作品がつまらなくなると思うんですよね。限りなく広い宇宙で、たくさんの星々を犠牲にしながらも、やってることは家族同士の喧嘩が何年も何年も続くという。

 

それに「レイが普通の家庭に生まれた子」が必ずしもレイが平凡な人間であるということを表しているわけじゃないはずです。何より彼女は強いフォースを持っている。僕はそこに希望を見出しました。

 

「伏線回収してない!」という意見に関しても、僕はきちんと回収していると思いました。EP7でレイはマズ・カナタによって「両親はもう帰ってこないって本心では気づいてるはず」と言います。この時点でレイの両親はおそらく死んでいることが想像できます。それにルークの最初のライトセーバーを握って蘇った記憶の中のレイは、おそらく7〜10歳。もう親を誰だか認識できて当然なはずです。なのでレイアやハン=ソロ、はたまたルーク・スカイウォーカーの子供なんていう説は考えにくい。皇帝ダース・シディアスの子という説も公式設定の年齢を鑑みるにありえないです。

レイは「フォースの覚醒」時点で19歳設定らしいので、EP6以前に亡くなったキャラクターの直接の子供である説はないんですよね。まぁ孫とかならありえるかもだが。EP7の回想シーンの感じで、皇帝の子が宇宙船に乗ってやってくる?それをレイが「まって〜!!」と泣きわめく?のはいまいち想像がつかない。

 

実際にライアン・ジョンソン監督のインタビュー内容は

「ベイダーとルークの“アイ・アム・ユア・ファーザー”を思い返すと、あれが成功した理由は、単なるサプライズやツイスト(ひねり)ではなく、ルークや観客が知りうる当時最もつらい事実だったからだと思ったんです。憎むべき人物、殺したいと思うような悪人が、突然に主人公の一部なんだと分かる。すると、この人物をより複雑な観点から捉えないといけなくなりますよね。贖罪の物語、という観点で考える必要が出てくるんです。」

【ネタバレ】『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』明かされた衝撃の真実、その意図は ― 監督が『帝国の逆襲』と比較する | THE RIVER

 

「僕たちの映画は(『帝国の逆襲』の)逆なんです。“なるほど、こいつとあいつの娘だったんだ!”なんていうのは、レイや観客が知りうる中で最も生ぬるい答えですよ。願望を満たしてしまうし、レイをお膳立てして、簡単に居場所を与えてしまう。彼女にとって一番つらいのは、たやすい答えは手に入らないんだと知ることなんです。

【ネタバレ】『スター・ウォーズ/最後のジェダイ』明かされた衝撃の真実、その意図は ― 監督が『帝国の逆襲』と比較する | THE RIVER

「生ぬるい答え」っていうところが、「やっぱり監督も自分と同じことを考えてた」と嬉しく思いました。

これには納得がいくし、そこまで考えて作ったのであれば「帝国の逆襲」や「スター・ウォーズ」にかなり忠実な作りだと言えると思います。

それに「親に捨てられた」という設定がカイロ・レンに共感され、劇中の共闘シーンにつながるのが実にグッとくる展開というか、うまく作ったなーという感じがします。

 

カイロ・レンを殺そうとするルーク

劇中で語られるあまりにも衝撃的な事実、ルークが若きベン=ソロの未来に闇を観てしまい、寝込みを襲って殺そうとする事件が、ベン=ソロをダークサイドに突き落としてしまったのである。ルークは結局はためらうのであるが、タイミング悪く目を覚ましたベンは抵抗し、ジェダイ寺院を破壊、アカデミーの虐殺につながるというのである。

「妹のレイアやソロの息子であるベンを手にかけようなんて、俺たちの知っているルークなら絶対にしない」というのがファンの意見。

あのさ、めちゃくちゃわかるよそれ。

特にルークを演じたマーク・ハミルなんて「ルークは間違ってもワンパ(EP5でルークを襲うクリーチャー)を殺したりなんかしない」っていうくらいですもの。

 

でも敢えて反論するなら「どんな聖人でも闇を抱えている」ということを暗に描きたかったんだと思う。闇は「恐怖」と言い換えることができるかもしれない。今作はキャッチコピーで「光か、闇か」と二元論を提示しているように見えるけど、実は「本当はどっちも持ってるでしょ、人間なんだから」というのが真のメッセージだと気づいて、実にうまいなと唸ってしまった。

「どっちも」という矛盾した考えというのはスター・ウォーズに限らず僕の中でずっとあって、そういうところも含めてライアン・ジョンソン監督の作風というのは僕の感覚にフィットしたんだと思う。光と闇の二元論、どっちが良い悪いなんて簡単には描けない、というのをディズニーは「アナと雪の女王」や「ベイマックス」や「ズートピア」や「モアナ」「シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ」ディズニーではないけど「スパイダーマン/ホームカミング」でここ数年ずっとやってきたのだから、「スター・ウォーズ」もそうなるのは当然の流れだと思う。カイロ・レンなんかずっとそうだし、もっといえばプリクエルのアナキンなんかそのまんまだ。

だから、僕は「ルークにも闇がある」のは当然で、その理由も「だってダース・ベイダーにだって光はあった」が答えです。

迷走続きのポー・ダメロン

前作「フォースの覚醒」では非の打ち所がない圧倒的なヒーローとして描かれていたポー・ダメロン。

正直、レイやフィンとは経験値が違うのでかなりしっかりしている印象でした。

ところが今回は無謀な作戦に熱くなり、多くの犠牲を払ってしまったことをレイアに諌められ地位を降格させられます。

その後もアクバー提督の代わりとなったホルド中将と折り合いが合わず、レジスタンス乗っ取り無謀な作戦を続行、意識を取り戻したレイアによって今度は失神銃を撃たれます。

ポーはその後大いに反省し(?)窮地に陥った際に「英雄となるために無駄死に」するのではなく、「希望の火を絶やさないために逃げる」ことを選び、レイアにも「彼にの方を見なさい」と認められるようになるのですが、

クレイトの古びた基地で「ルークが注意を引き付けている間に逃げよう」の際の「ルークはどこから入ってきた?そこが逃げ道だ!」というくだりが「ルークは実態じゃなく霊体だった」というオチのせいで謎の勘違いで終わるという「あれ?さっきの何?」という変なミスリードがあったり、と終始「なんだか格好悪いキャラクター」になっていました。

 反論?

正直「フォースの覚醒」では裏がなさすぎて「こいついつかダークサイドに落ちるのでは・・・」とすら思っていたので、「最後のジェダイ」で多少観客を苛立たせはするものの、非常に人間的なキャラクターになったと思っています。

ポーと喧嘩するホルド中将

一方のホルド中将はレイアの意思を尊重しただけですし、最後は神風特攻隊よろしく至近距離のハイパードライブ状態でスターデストロイヤーに突っ込み、自ら尊い犠牲になるも、アクバー提督のこともあって余計に嫌われた結果ファンからは「無能扱い」という・・・。ここまで嫌われたキャラクターをジャー・ジャー・ビンクス以外に知らない。

反論?

確かにめちゃくちゃうざったいキャラではあった・・・。

けど無能とまで言われるべきキャラクターだろうか?悪いのは指示を無視して大きな損害を出す危険性のあったポーであり、実質アクバー提督も彼のせいで死んだのである。

アクバー提督ならポーにも作戦を伝えていた」っていうのもどうかな。しかもポーはフィンとローズの作戦を提督に内緒にしてるわけで、どう考えても問題児だし。劇中で今回初めて描かれただけで、ポーの危うさって意外と周知の事実だったんではなかろうか。

彼女がライトスピードでスターデストロイヤーに突っ込んだシーンは「最後のジェダイ」でも1、2を争う名シーンだと思ったし。こういう画作り上手さは本当にライアン・ジョンソンを称賛するに値すると思う。

役に立っていないフィンと、新たなる仲間のローズ

 こちらも作戦が失敗に終わる二人組。敵の高性能ドロイドに見つかり、DJという敵なのか味方なのかわからない奴に裏切られ、大した功績も挙げれずにレジスタンスを窮地に陥れて終わってしまったため、「作中一番必要のないくだり」「そもそもローズというキャラ自体要らない」とめちゃくちゃな批判を受けています。

 反論

彼らは明確な功績は残さなかったかもしれないが、カント・バイトで奴隷のように扱われるクリーチャーたちを解放し、ファーストオーダーに武器を売って裕福な生活を送っている武器商人たちに一泡吹かせ、最後のシーンに繋がる奴隷身分だったような少年少女たちに「未来への希望の火を託す」

ローズたちのしたことは成功とは言い難いが、彼女たちの行動は撤退に次ぐ撤退や、数々の作戦の失敗、ルークやレイ、レンの中の潜む闇とも光とも言い難い微妙な感覚が生み出した「『最後のジェダイ』という作品が持つ気持ち悪さ」を、とてつもなく明るいものへと変える力を持っていると思う。数年後エピソード9以降への大きな伏線だと捉えられるし、ヨーダのいう「失敗から学ぶ」精神をうまく描ききっている。彼女たちが行動しているシーンこそドタバタでよくわからない展開もあったが、ラストシーンの美しさは「最後のジェダイ」の名シーンのひとつとして数えられるだろう。とはいえ、最高すぎて名シーンが多すぎるんだけどな、この映画。

 

ローズというキャラクターの「逃げようとするフィンを最初は許さない」のに「ビーム砲に命がけで突っ込むフィンを止める」という流れが矛盾してるという人も居ますが、僕は矛盾ではないと認識してます。

ローズは逃げるのを止めただけで、「戦って死ね」というわけではないですからね「全力を尽くしてくれ」といってるだけで。まぁ普通は「死にたくない奴は去れ!」が本当なんだろうけど。でも最後の突進は、もう絶対死ぬし絶対間に合わないわけじゃないですか、そこをやっと腹がくくれたフィンが突入するんですけど、彼はやっぱりポーと同じように「勇敢」とか「ヒーロー」とかをまだ勘違いしてるんですね。

全滅した時が本当の終わりなのだから、何が何でも生き延びて、もう一度立ち向かわなきゃいけない、だからこそ止めたんだと思いますよ、僕は。

 

 

フィンに関して言うとやっと自分が「レジスタンスである」ということを認めるきっかけになったのは前進かと 笑 このキャラクターもスター・ウォーズに紛れ込んでしまった一般人といった感じでかなり立場が不安定なんだけど、なぜか「大切な人を守る」という使命にだけはひたすら燃えているという点では一貫しているので、矛盾してるとは思えない。

 

いや、もしかしたら雰囲気でやったのかもしれないけど・・・ことローズとフィンのキャラクター作りは雑に感じたのは確かなんですよね。

 

フィンやローズの容姿、外見、人種について批判する人はそもそも論外。女性キャラクターが多すぎるっていう批判も多いけど、

これを「ディズニーのせいだ!」って豪語する人は的外れです。これはハリウッド映画全体の流れ。トランプ政権やワインスタインの流れを見てもわかる映画そのものの持つ「ジャーナリズム性」の話。

「俺たちのスターウォーズでポリコレをやるな!」っていうんでしょうが、そもそもあれだけ広大な宇宙でいろんな形の宇宙人がいて、ヒューマノイドだけ顔の整った白人と黒人、中南米系しかいないなんてそれこそどうかしてるよ。

プリクエルなんてそもそも政治の話ばっかりだし、その中で「選挙で選ばれた女王」が政治をやってるんだから、スターウォーズの世界は人種も性別も超越してるんだよ。

まぁ「俺たちのスターウォーズが」派のひとたちはプリクエルも否定してるのは重々承知ですけどね。

キャプテン・ファズマ/DJの扱い

2作目になってもまだ活躍できないファズマ 笑

かろうじて戦闘シーンはあったものの、フィンに倒されるというあっけなさ。

 

もう彼女はボバ・フェット枠でしょ・・・本当に活躍を見る前にグッズとか買っちゃった人がお気の毒なんですが、ボバ・フェットもそんな感じだったわけで・・・。

ただまだ死んではないんじゃないかな?と思います。結局よくわからないキャラだったDJも然り。

 

DJなぁ、ベニチオ・デル・トロじゃなかったらこれ全部なしでしょ、、、全く意味わからないっていうか、ローズよりも要らないキャラでしたよ。

「BB-8がなんか気に入ってる風」だったから余計に重要なキャラかと思ったら、なんか全然違うしな・・・。

 

DJに関してはこんな噂もあるので、もし生きていれば今後の活躍に期待・・・は難しいかな。よくわかんねぇ。

ベニチオ・デル・トロ、『最後のジェダイ』でボバ・フェットの息子、かつレン騎士団の一員を演じる説 | THE RIVER

 

フォースがなんでもアリの魔法になってしまったという批判

レイアの宇宙浮遊

「最後のジェダイ」の序盤から、カイロ・レンとその仲間たちによる宇宙船の爆撃であっけなく宇宙空間へと飛ばされるレイア。え!レイア死んだ!?こんな序盤に!?まぁでも確かに悲しいことにキャリー・フィッシャーは亡くなってしまったし、今後の展開を考えると動かしやすいのも事実だけど!!!

とかいろいろ考えてたらまさかのフォースの力で宇宙遊泳して生還。

ヨンドゥもびっくりだよ。

あまりにもシュールだったので劇場でぽかんとしてしまって、周りも誰も笑ってなかった。ウケ狙いではなかっただろうが、これは絵的にはどう考えてもナシだった。

君の名は。」状態のレイとカイロ・レン

君の名は。」を結局見ていないので僕はよくわかんないんですけど、他の方のブログでこういう表現があったので使わせてもらいました。

フォースでなんかしらんけど交信できちゃったよ、という二人。

 

この既視感なんだろう、と僕は思ってたんだけどこれあれだわ「ハリー・ポッター」だわ。例のあの人とハリーが繋がっちゃって、相手の見えてるものもしっかり見えてしまって感覚もあって、説明を求められたアルバス・ダンブルドアが「絆じゃよ、ハリー」って優しく教えてくれるやつだ。

これに関しては謎のままだけど

フォースで天候を操り雷を落とすヨーダ

展開的に不自然さも何もなかったので、スター・ウォーズファンの人が「フォースはそういうことができる魔法じゃない!」と言われるまで全然気づかなかった。(死んでるとはいえ)ヨーダなら全然できそう。

フォースで霊体を作り登場するルーク

これも、なんか 「浮いてたのが絵的にシュール」だっただけで、別に違和感はなかったけどなぁ。観ながら「まじかよーーーー!!」とは思ったけど。純粋に面白い演出だと思った。

師匠と言えるような人がとっくに死んでしまったルークが書物だけでこんな技を習得できたのかっていうのは納得いかないといえば納得いかないのだけど、「新たなる希望」の頃からフォースの力ってデススターのコアの破壊の時から「教えることはないけどとりあえずやってみ」っていうところからスタートしていて、なんか知らんけどルークならできてしまうという超ファンタジーなので別に不思議ともなんとも思わないけどなぁ。

 

スター・ウォーズファンからの反論。

twitterおよびふせったーで上記のうちの「宇宙浮遊/天候/霊体」について興味深い記述を見つけました。「全部アニメシリーズでやってます」とのことです。

@TC_masashiさんの伏せ字ツイート | fusetter(ふせったー)

 

監督ご本人からの回答(追記:2018年1月25日)

「お前は最低のものを作った、あんなのフォースじゃない」というツイートに対して流石にカチンときたのか、最後のジェダイ公開前から存在する書籍「ジェダイの書」の写真を公開。

 「はい論破」という感じ。

というか、「新設定は後出しジャンケンで結局なんとでもなってしまうのでクソ」という意見もわからんでもないが「新設定出さずに既存の設定だけで全部やりきれ!」ってのも無理がある。というかそれが面白いかどうかは結局監督の腕によるし、僕は面白いとおもいましたよ。なんでも後出し設定で解決できる遊戯王もわりと好きです。

 

ジェダイの書は日本では仰々しいおもちゃ付きのこのデラックスエディションしかないのかな・・・。

スター・ウォーズ ジェダイの書 DX(デラックス)エディション ([バラエティ])

スター・ウォーズ ジェダイの書 DX(デラックス)エディション ([バラエティ])

  • 作者: ダニエル・ウォーレス,高貴準三,富永和子
  • 出版社/メーカー: グラフィック社
  • 発売日: 2014/11/26
  • メディア: 大型本
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ちなみにカナダでは普通に売ってましたよん。

The Jedi Path: A Manual for Students of the Force (Star Wars) (English Edition)

The Jedi Path: A Manual for Students of the Force (Star Wars) (English Edition)

 

 ちなみに「シスの書」とか「バウンティハンターの書」とかもあります。

「新しい星」が少ない/魅力的じゃない

この意見に関しては概ね同意。これはEP7「フォースの覚醒」でも感じたことでもありますし、「フォースの覚醒」の下手な部分でもあった。

しかもこれに関してはルーク・スカイウォーカーであるマーク・ハミルがファンを代弁してくれている。

『フォースの覚醒』は、異星からの女の子、デス・スター、カンティーナのような、同じことをより繰り返していると思いました。

ルーク役マーク・ハミル、『スター・ウォーズ』プリクエルに高評価 ─ 『フォースの覚醒』より独自性があった | THE RIVER

歴代の映画スター・ウォーズで出て来た星は、基本的にはそれほど多くないものの(「シスの復讐」だけはストーリーの展開上かなり多くの惑星が出てくるが、ほとんど短いシーンで多くは語られない)どの星も観客に「行ってみたい」と思わせるような美しさや、冒険心、恐ろしさを兼ね備えていてわくわくさせられた。

では今回の「最後のジェダイ」はどうか?

出てくる惑星はオク=トー、カントニカ(カント・バイト)、そしてクレイトの3つである。

オク=トーは「フォースの覚醒」のラストでほんの少し登場しており厳密には初登場ではないものの、今作で初めて詳細が描かれた。鳥のような生き物ポーグやルークがブルーミルクを絞る謎の生き物など、比較的魅力的に描かれていた。

クレイトも概ね好評である。赤色の鉱山のような地面の上に降り積もった塩(塩が雪のように見えて塹壕戦がホスのようだったという意見はわからんでもない)キラキラしたクリスタルのついた鹿みたいな生き物、オンボロ戦闘機が巻き起こす赤い土埃、と言った具合。

じゃあ問題は何かっていうと惑星カントニカのカジノ街「カント・バイト」である。

「最後のジェダイ」において図らずもフィンとローズによる「奴隷解放」や「希望の火をつなげる」と言ったポジティブなメッセージの発信源になったこの街が、まんま地球のカジノとおんなじなのである。

変なクリーチャーがBB-8にコインを投入するシーンとかは面白かったけど、「お金持ちの武器商人が集まる街」にしては歴代の星々に比べて全然魅力がない。清潔感や豪華さ、金と権力、ギャンブルを表すにしても、今までならカミーノだったりコルサントだったりベスピンだったりタトゥイーンだったり、現実にはあり得ないすごい景色が広がっていたのに、今回はすごく「ありそう」でせっかくジェダイ=スカイウォーカーの呪いを絶って広げた世界観をひどくこじんまりさせてしまったように思う。

 

なのでこの部分の批判に関しては9でもっと頑張ってくれ!という感じ。

もっと「スターツアーズ映え」する星を!まぁ僕は酔うんだけど

 

 

スターウォーズの「お約束」をなくした

オープニングクロールが短い

SWの伝統といえばあの宇宙を流れるオープニングクロール。今までは主にエピソードとエピソードの間に起きた出来事を綴っていたのですが、今回はエピソードとエピソードの間の経過時間があまりにも短い為に、ほとんど前回のあらすじで留まってしまいました。20世紀FOXのファンファーレや"A long time ago in a galaxy far, far away...."、ジョン・ウィリアムスのメインテーマとともにスター・ウォーズの重要な1部分となっていました。それが短く、薄い、しかも前作を見たのであれば誰でも知っている、という内容だったのでファンが激怒、というもの。

 反論

正直、EP7の終わり方を考えると仕方ないような気がします。

だって、あの新しい星でルークとレイがどのようなやり取りをしたのか、そのシーンをなくしてオープニングクロールだけで済ますのはあまりにも説明不足でしょう・・・。

事態は急を要してるのに、何ヶ月も話が進まないままレイがルークを待つとは思えないし。だから今回はあのエンディングの直後から始めるしかなかったというのは理解できます。

 

それにEP6の「いつのまにか修行を終えていたルーク」「いつのまにか自分の新しいライトセイバーを作ったルーク」というのも、結局脚本の為のカットが必要だった部分で、僕としては「えっ、そこ描かないんだ??」って気になった所でもあるので、いい映画を作るためにはカットも必要だしカットしない事も必要なんだと納得しています。

 

それに普通の映画ならば前作の直後から物語が始まってもなんら不自然ではないし、「スター・ウォーズの伝統」であって、映画の良し悪しには直接関係がないはずです。前述した通り、時間を飛ばしてしまった方が説明不足で散漫な映画になってしまうような気がします。

「嫌な予感がするぜ・・・」" I have a bad feeling about this..."のセリフがない

スター・ウォーズのお約束。必ず誰かがどこかのシーンでこのセリフを言うので「今回は誰かな?」と期待したファンも多いはず。僕自身もそうでした。

海外で字幕なしで見たから聞き逃したかな?と思ったら本当に誰も言ってなかったみたいで、これは思い切ったことをしたなと思いました。

反論

しかし、これに関しては監督が「あるよ」とtwitterで回答。

少なくともヒューマノイドの言葉ではあの映画を見た誰もその言葉を聞いていないので、おそらくドロイドか宇宙人、有力なのはBB-8という説です。

 

ただこちらも「好き嫌い」であって、内容の良し悪しとは関係はないです。

手首切りがない

歴代三部作の2作目「帝国の逆襲」と「クローンの攻撃」で主人公ルークとアナキンはともに腕を失います。

今回も三部作2作目だから絶対あるはずだ!と期待したらなかったのでファンが怒ってるというもの。

反論

まぁ何回も言うけど作品の良し悪しとは全く関係がないんだよな。

でも手首を失うならレイじゃなくてレンのほうだと勝手に思っていた、スカイウォーカーの血ということで・・・。

まとめ

さて、ここまで長々と書いてきましたが、もうまとまる気が一切しません。

今回ライアン・ジョンソンが描いた「最後のジェダイ」のメッセージは明確で、

  • 構造、しがらみ、血統からの脱却
  • 失敗から学び、後世に残していく
  • 何もないところからも希望の芽は生まれる
  • 光と闇は表裏一体で必ずしも二元論では語れない

といったところでしょうか。

カイロ・レンを前にして「すべて間違っている」と笑うルークは、まるで観客を笑う監督自身を反映したようでした。

ファンが何に怒っているのかは、結局かなりの部分で「自分の信じているスターウォーズじゃなかった」というのがやっぱり大きいと思うんですよね。

おもしろいとかつまらないとかいう個人差はあれど、脚本に大きな矛盾があるかというとないと思うし、キャラクター設定がガバガバというのも、わからんでもないけど意図してやったことだというのが理解できる。

 

それが最低だ、面白くないと思うのなら個人の自由だし、僕はそれでいいという感じですね。

 

見せ方が下手だ、映画としてグダグダだ、っていうのも痛いくらいわかりますよ。

むしろそこに関して言えば反論できないくらいダメな部分もあると思います。

それでも僕は面白かった。

 

僕はストーリーも、構造の壊し方も、演出、シーンのひとつひとつどれも素晴らしいと感じました。本当に名シーンが多すぎる。

 

エピソード9が俄然楽しみになってきた反面、全く予想がつかなくなりました。

今回の「最後のジェダイ」で晴れて「全銀河に住む普通の人々の物語」と昇華したスター・ウォーズですが、一方でまだカイロ・レンというスカイウォーカー家の負の遺産が残っているわけです。

一体どうなるかなーと、「映画を見る目のない」「偏差値の低い」「バカ」の僕は、楽しみに待つのでした。

 

 

 

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