6500万年前の地球に隕石が衝突せず、恐竜が絶滅していなかったら・・・という「もしも」から始まる物語、それが『アーロと少年』(原題:The Good Dinosaur)である。
ピクサー・アニメーション・スタジオ作品第16作目となった『アーロと少年』は、文明が発達し農耕して生活するようになった草食恐竜の子供アーロが主人公である。
恐竜たちは人間の代わりに言葉を交わし、作物を育て、またある肉食恐竜は家畜として牛を育てることで生活する。
一方で人間は未だ蛮族のまま、言葉を話さず、四足歩行し、まるで犬、ペットのようなしぐさを見せる。
そんな人間の子供スポットと、恐竜のアーロが出会うことでこの物語は始まる。
『トイ・ストーリー』で世界初のCG長編アニメーションを製作したピクサー・アニメーション・スタジオにおいてこの『アーロと少年』は興収的には全作品の中で最下位の位置にいる。
監督交代などによる公開延期、スクリプトの大幅変更など、紆余曲折を経ながら完成させられた本作は、同年公開のピクサー作品『インサイド・ヘッド』(原題:Inside Out)や『アーロと少年』の4ヶ月後に公開されたウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ作品『ズートピア』が絶賛される影で、様々な面で酷評されていた。
目次
美しすぎる「美術」とランドマークのない「舞台」
ピクサー・アニメーション・スタジオといえば徹底的なエンターテインメント性こそが魅力だと思う。
トイ・ストーリーのおもちゃたちの大冒険。モンスターズ・インク シリーズのモンスターたちの世界。色とりどりの様々な魚たちが個性を見せるファインディング・ニモ シリーズ。車たちの世界、頭の中、まばゆく美しい死者の世界。
どの物語もすばらしく、胸を踊るようなストーリーとジョーク、この世のものと思えない世界観にのめり込む。
一方この『アーロと少年』の弱点はそこにあると思う。
『アーロと少年』の背景は究極的に研ぎ澄まされ、草木や川、山々、そして嵐や濁流の演出など、洗練に洗練を重ねた最終形とも思えるような見事な「写実性」に溢れていた。
CGが本物と見紛うと言われるようになったのは最近の話ではないし、ピクサーは常にその最先端を行っていたが、『アーロと少年』で表現された背景の写実性は究極の域に達していると思う。これがCGだなんて信じられないほどに美しく、息を飲んでしまう。
しかし思う。
その美しさでカバーできないほどに、舞台設定があまりにも弱い。
もちろん恐竜がいた時代、何億年も前の話であり、僕自身こんな大自然を俯瞰して眺めたことなど一度もないが、『アーロと少年』の世界には『アーロと少年』ならではの風景が欠けている。
ピクサーの過去の作品には、『トイ・ストーリー』ならば雲の壁紙を見るだけで、アンディの部屋が思い浮かぶし、『カーズ』ならばラジエーター・スプリングス、『インサイド・ヘッド』ならヘッド・クオーターのディスプレイと操作パネルなどなど、印象的でギミックが豊富、そしてそこに住んでいる人々の顔が思い浮かぶような「舞台」があった。
同じく自然を舞台にした『バグズ・ライフ』や『ファインディング・ニモ』『メリダとおそろしの森』でさえそうである。
それに『バグズ・ライフ』と『ファインディング・ニモ』には自然を舞台とすることで弱くなる部分も、強烈なキャラクターたちと心を動かすストーリーでカバーしている。
『アーロと少年』には、それだけで感涙ものの「美術」こそあるが、その美しさとストーリーを活かし、脳内に印象付けるだけの、驚きやワクワクのある「舞台」が弱い。

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なぜ「写実的」な自然を描いたのか。
ではなぜ、ここまで「写実性」にこだわったのかは考える必要があると思う。
当然だが、なんの考えもなしに、ただリアルな映像表現がしたかったから、こういう作品が生まれたというわけではない。
この作品の特筆すべき点は「写実的」な背景美術が織りなす、自然災害のリアリティである。
そして、自然のリアリティを強調するのも、アーロら草食恐竜たちが文明を持ち、農耕して生活しているからだ。
人間と置き換えられた恐竜たちは、自然の摂理に反し、ある種作物をコントロールしようとする。
途中、牛を家畜にしながら生活するT.Rexたちはカウボーイのオマージュである。
彼らが肉食恐竜でありながらもアーロたちを襲う気がないのは、彼らがアーロたちと同じように文明を持ち、自らの食物は自らで生産するという理性があるからだ。
一方で神の啓示を受けたかのように振る舞うプテラノドンは、嵐の恵みと称し、自然に手を加えることなく、見つけた獲物を片っ端から捕食しようとする。
序盤にアーロは、自らの目標となる父を川の増水で失い、またアーロ自身が川に流された後も、家へ帰る道のりで多くの災難がアーロの身に降りかかる。
大雨、嵐、濁流、増水、竜巻。
そのどれもが、リアリティをもってアーロへ襲いかかり、そして観客たちに訴えかける。
コントロールできない、大いなる自然の怖さ。
そして大いなる自然をコントロールしようとする、その思想自体の愚かさ。
ただし『アーロと少年』は、その「愚かさ」も否定しない。
自然崇拝により、獲物をかたっぱしから狙うプテラノドンの一軍を野蛮に描き、アーロとスポット、そして恐竜たちとの交流、そして家族の絆をきちんと描くことで「文明」がもたらす「道徳性」の尊さを強調することも忘れない。
そして「恐れ」を超えた先にあるのは「美しさ」でもある。
アーロはT.Rexたちに「恐れるからこそ生きのびれる」ことを学び、そして父に「恐れた先に美しさと出会える」ことを学ぶ。
主人公アーロは臆病で何をやってもヘマばかりだった序盤から、不可抗力により未知の世界へ冒険に出ることで、その恐れを超えた先にある「美しさ」をも体験する。
この『アーロと少年』で訴えかけるメッセージを表現するにあたっては、結果としてピクサー作品らしい「ランドマーク」的世界を作り出すことは、蛇足のほかなかったのである。
わかりやすく印象的な「舞台」こそない代わりに、息を飲むような大自然はそのシーンごとに違った顔をみせる。
「メッセージ性」と「驚き」のジレンマ
前述したように、『アーロと少年』という映画は作品のメッセージ性の強さに対して、作品の「個性」の部分が極端に弱い。
アーロは自らの臆病さの自覚から、「強くならねばならない」という意思、T.Rexとの会話による「恐れないから強いんじゃない」という、父の言葉の本当の意味での理解。
傷跡は勲章であり、自らが恐怖へと立ち向かった歴史。一人前の称号としての足跡の印。
また、ペットのような関係を超え、ともに守るため、生き延びるために戦い、心を通わせた親友であるスポットとの絆。
これら成長物語も、ピクサー流のストーリーの洗練によりしっかりと感動的な仕上がりになってはいる。
なってはいるのだが、我々がピクサー作品を見るにあたっての「アッと驚く」ような世界観は前述の通り無く、腹を抱えて笑えるようなシーンも(あるけど)無い。感動的なシーンも感極まって泣いてしまうほどではない。
そのどれもが平均レベル以上でありながら、ピクサーの平均レベルを超えることがなかったのだ。
キャラクターも極端に少なく、他作品のような強烈な個性と大暴れは見られないし、そもそも「なぜ恐竜でなければいけなかったか」という必然性も薄い。
恐竜がもし生き残って、文明を発達させていたら、の文明の具体的部分も「農耕」と「言語」のレベルに留まり、それより内面的な「道徳観」へ寄与している部分が多く、アイデアは面白いが広げ方が狭い気がする。
圧倒的なスケールの美しい映像があり、感動的なストーリーがあり、良作としてまとまっているにも関わらず、良くも悪くも優等生的な落ち着きを孕んでいて「ピクサー作品として」酷評を受けているのだ。
そして何よりも、ストーリー部分にしろ、キャラクターの台詞にしろ(筆者は吹き替え版で鑑賞)『ライオン・キング』かと思うような既視感が強烈だった。
物語のクライマックスにおいて、アーロが勇気を振り絞り一歩踏み出すタイミングで、脳内が「今の『ライオン・キング』だな・・・」という思考が邪魔をしてしまい、感情移入し損ねてしまった。
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設定被りや、ありがちなストーリーをとやかくいうつもりはないが、「よくあるメッセージ」や「以前見たことあるテーマ」をやるのであれば、やはりそれを面白くさせるだけの「何か」がなければ、ただのどこかで見たことある作品になってしまう。
『トイ・ストーリー2』と『トイ・ストーリー3』は根底にあるテーマは全く同じであるという点で3が批判されることも多い。それでも見てしまうと感動の涙で前が見えなくなるのは、我々がアンディとともに成長し、2と3の大きな違いとして、アンディや、ウッディやバズたちおもちゃだけでなく、我々視聴者までも巻き込んで「物語の当事者」にしてしまうからだ。
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『アーロと少年』ではそれを芸術の域に達する背景美術でカバーしようとしたのかもしれない。
もちろん僕自身とても楽しめたし、いい作品ではあったと思うけど、やはりピクサー作品という括りの中では、なかなか上位作品が素晴らしすぎて、苦言を呈してしまいたくなる。
同時にこれはピクサーという会社がそれほど期待値の高い会社であるということの証明でもある。
あのピクサーならもっと面白くできたはずだ。
だからこそ、惜しい。
それでも十分に素晴らしい映画だった。
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