【東京ディズニーランド小説】第4話「熊劇場神話体系」

Sponsored Link

f:id:s_ahhyo:20211116200212p:plain

 この小説はフィクションです。実在の人物や団体、テーマパークなどとは一切関係ありません。

 また、某所にすでに存在しないアトラクション、グッズ、メニューなどが登場する場合があります。

 2021年9月に新型コロナウィルスの脅威がひと段落し、登場人物たちがマスクなしで生活している架空の時間軸を舞台としています。歴史的事実と若干の乖離があることを理解してお読みください。

 

 こちらの小説は作品投稿サイト NOVEL DAYS でもお読みいただけます。

 

***

 

 ロビー。総勢18頭の熊たちのポートレートと、彼らの愛らしい小物や栄光の歴史が並ぶ部屋。建物は木製で、古き良き南部アメリカ開拓時代の趣。それでいて、最先端の空調設備が9月の厳しい残暑を和らげてくれており心地よく、多少のアンバランスさには目を瞑ろうと思わせる。

 僕は屋内のベンチに腰掛けて初回の開演を待つ。時刻は正午を5分ほど過ぎた頃。ゲストは僕と、赤ん坊を連れた若い夫婦しかいない。キャストが注意事項を告げるとシアターのドアが開き、会場への案内が始まった。

 

 カントリーベア・シアター。それが僕の、1番好きなアトラクションだ。

 そして僕はいわゆる、「カンベアオタク」というやつだ。

 

 年間パスポートを持っていた時は、仕事終わりに毎日のように東京ディズニーランドへ足を運んでいた。

 未曾有の新型ウイルスのパンデミックによる、パークの休園、そして年間パスポートの廃止。数量を制限された1デーパスの販売や、僕自身の仕事の量の減少による収入不安などもあり、パークは行くのはなかなか困難になっていった。年間パスポート所有者向けの、実質無料の抽選入園などもあったが、僕はことごとく落選し、湧き上がる当選した同類たちを羨望の目で見ていた。年間パスポートも払い戻しがされたが、残存期間も少なかった為に、日割り計算された払い戻し額は大した金額にはならなかった。

 パークを、そしてこのアトラクション、歌い踊る熊たちを心の拠り所としていた僕には、辛くもどかしい日々が続いていた。

 

 本日、実に1年半ぶりに、僕はパークへと帰ってきた。そしてここ、カントリーベア・シアターに。

 この日の初回公演のゲストは僕と、先ほどの親子ら、そして呼び込みの成果か、ちらほらと数組がシアター内へと入ってきた。僕の斜め後ろあたりに、ペアルックで少々ケバい雰囲気のカップルが陣取る。

 

「これどういうアトラクション?」

「なんか歌うやつだよ、ミッキーとかミニーとかのロボットがいっぱい出てくるやつ、多分。めっちゃ古いやつ」

 

 まことに残念ながら、ミッキーもミニーも出てこない。おそらく、かつてファンタジーランドに存在していた「ミッキー・マウス・レビュー」と混同している。ミッキーやミニーというネームバリューによって上がった期待値に、僕の大好きな熊たちは果たして応えることができるだろうか。

 

「それでは、カントリーミュージックのリズムに合わせて、手拍子・足拍子をご一緒に!どうぞごゆっくりとお楽しみください!」

 

 キャストがショーの始まりを告げる。時刻は正午を15分過ぎたところ。僕の本当の1日の始まりだ。

 

 客電が落ち、スポットライトが壁の、とある部分を照らす。巨大な生きた剥製たち、マックス・バフ・メルビンの3頭がライトに照らされ、開演待ちの悪態をつきはじめると、突然赤子の泣き叫ぶ声が聞こえた。先ほどロビーで共に開演を待っていた若い夫婦の子供だ。

 記念すべき1年半ぶりのカントリーベアたちとの再会公演が、ゲストの子どもの泣き声により台無しになってしまったことを、ヤレヤレと思わないこともない。ないが、こんなタイミングで我が子が泣き出してしまった子育て夫婦への同情心もあるし、オタクとしての弁えもある。ここはひとつ、おおらかな気持ちで受け入れるべきだと悟った。観客席は真っ暗。当人たちにはいっさい気付かれないだろうと、わかってはいても、彼らの申し訳ない気持ちを少しは和らげてあげたいと思った僕は、満面の笑みで若い夫婦の方を見る。夫婦はバタバタとキャストに声をかけシアターを後にした。気づけばヘンリーも、ゴーマーも、ファイブ・ベア・ラグズも登場していた。しまった、登場シーンを見逃してしまった。次こそは。

 

 初回公演を終え、僕は再びカントリーベアシアターのロビーに居た。すぐ次回公演が始まるわけではないと分かっていつつも、久々にカンベアのエネルギーを浴びて、そして不完全燃焼に終わった初回公演を経て、いてもたってもいられなくなってしまったのだ。どこかに寄り道している場合ではない。あの建物を、あの空間を、空気感をいち早く堪能したい。先ほどとまったく同じロビーのベンチで深く深呼吸をする。

 

「あら!またお会いしましたね!」

 

 女性キャストが微笑みかけてくれる。常連のオタクにもやさしい、眩しい笑顔だ。恋に落ちそうなくらいの気さくさで声をかけてくれるが、僕はオタクだから弁えている。彼女はお仕事を全力でしているだけだ。決して僕に気があるわけではない。ないんだってば。

 そんなことを考えながら、返事をしようとしたらフニャッとした変な声が出てしまった。顔が引き攣ったのもバレたと思う。

 

「あの、えっと。1年半ぶりなんです。それまで年パで」

「あら!それは特別ですね!満足いくまでいっぱい観てあげてください!ヘンリーたちもきっと喜んでますよ!」

 

 初めて会うキャストだった。いやらしく感じられないように配慮しながら、さりげなく名札に目をやる。

 

 KUMAGAI

 

「あっ、えっ、熊谷さんって名前なんですか?」

「はい!熊谷です!ベア・バレーで熊谷です!この劇場にぴったりでしょう?」

「あ、あの。すごいです!僕あの、カンベア超好きで」

「伝わってますよ〜〜!2回連続ですもん」

 

 この感覚、久しぶりだ。新型ウィルスの感染症が流行する以前、年間パスポートで通いつめていた時も、僕は一人でTDLにインパークしていた。だから、他のゲストとのコミュニケーションは全くと言っていいほどなく、こういう風にキャストが話しかけてくれることで、パークでも言葉を発することができていた。いわゆる「ぼっちイン」は、レストランなどを使用しなければ、1日言葉を発さずに終わることだってある。

 思い入れのある場所で、そこで働く人と他愛のない話をする。その瞬間の心の豊かさは何にも代え難い。日常を忘れ、日々の業務と上司からの怒声を忘れるひととき。そしてその共有。もちろん、絶叫系コースターアトラクションで叫ぶのも好きだ。それでもこのゆったりとした空間の暖かさとキャストとのコミュニケーションは、どのアトラクションでも味わえるわけではない。

 

 シアターの扉が開き、案内が始まる。今回も、シアター案内時点でのゲストは僕とその他1組。めちゃくちゃガタイのいい黒人男性とセクシーなへそ出しの日本人女性カップルだった。

 僕は一眼レフの準備をする。1回目はしっかりと目に焼き付けたかったので、カメラは使わなかった。フラッシュライトや液晶は厳禁なので、光らないように設定を行う。念には念を、ということで液晶には手製のカバーをかけた。

 本来9月のこの時期はカントリーベア・シアターの夏季バージョン「バケーション・ジャンボリー」が開催されていた時期だ。それが休園を経て、季節公演が復活しないまま現在に至っている。僕個人としては、1年半ぶりの再会であるからして、見慣れたスタンダードなバージョンでも全く文句はないし、ここから僕のカンベアオタク活動を再会できたのは嬉しくもある。

 

「それでは、カントリーミュージックのリズムに合わせて、手拍子・足拍子をご一緒に!どうぞごゆっくりとお楽しみください!」

 

 結局この回は全然ゲストが入らず、僕ら2組だけだった。ショーが始まり、手拍子の鳴り響く中、僕は順調にシャッターを押していく。バフ、マックス、メルビン、ヘンリー、ゴーマー、ジグ、テッド、フレッド、テネシー、オスカー、ウェンデル、またヘンリー、リバーリップス、またウェンデル、そしてヘンリー、トリキシー。

 ふと写真を撮りながら気づいてしまったことがあり、シャッターを押す手が止まる。ファインダーから目を離し、ステージ上の熊たちを凝視する。テッドが動いていない。

 テッドはファイブ・ベア・ラグズの空き瓶吹きの担当だ。バンドメンバーの中でも後列にいるし、空き瓶吹きというキャラクターの性質上、動いていなくてもあまり目立たない。「ベア・バンド・セレナーデ」の時は確かに動いていたし「Pretty Little Devilish Mary」で突然起きた不具合なのだろう。僕はきょろきょろと周りを見渡し、誰か気づいていないか、キャストが止めに入らないか確認するが、キャストも気づいている様子はなかった。ゲストは僕以外にオタクとは思えないカップル1組。気づいているとは思えない。

 そうこうしているうちにシェイカーの出番になっていた。呆然とした気持ちでステージを見つめる。テッド以外はしっかり動いていたし、ショーは何事もなかったかのように平常運転で続けられていった。アーネストの登場まで待つ、そこで何が起きるか。

 ヴァイオリン弾きのアーネストが現れ「If Ya Can't Bite, Don't Growl」の演奏が始まる。ファイブ・ベア・ラグズも再び登場する。僕はテッドに釘付けになった。

 

 動いている。

 

 ショーが終わり、僕はまたロビーのベンチで呆然としていた。あれは一体、何だったんだろう。僕だけが見た幻だったのだろうか。

 

「3回目!楽しんでくれてますね!」

 

 キャストの熊谷さんにまたもや声をかけられる。突然すぎて返事ができないでいると、心配そうな顔をした。

 

「大丈夫ですか?何かありました?」

「あ、いや、何でも……多分勘違いかな」

「シアター内、今から消毒作業に入りますので、ちょっと長い時間20分くらいお待ちいただきますね」

 

 そう言うと、熊谷さんは僕から離れて、眠っている小さな女の子を抱きかかえた母親ゲストの元へ駆け寄ってなにやら声をかけていた。ロビーの外では音楽が鳴り響き、今年の春にやっと復活したパレード「ドリーミング・アップ!」がスタートしていた。

 キャラクターの動きがフリーズしている不具合は、これまで何度もカンベアに足を運んできたけど、生まれて初めての体験だった。結局先ほどの回は途中までしか写真も撮れていない。くそう、次こそは。

 

 3回目はパレード終了直後という事もあって賑わっていた。めちゃくちゃ混雑しているというわけでもないが、ここはひとつワンデーにいい席を譲るのがオタクとしての弁えだと思い、比較的端っこの席に座っていると、ちょうど車椅子エリアの真横だったようで、隣に車椅子の女性ゲストがやってきてその姉妹らしい女性が座った。

 

「それでは、カントリーミュージックのリズムに合わせて、手拍子・足拍子をご一緒に!どうぞごゆっくりとお楽しみください!」

 

 客電が落ちる。果たして、テッドはしっかりと動いてくれているのだろうか。音楽が鳴り、手拍子が始まる。ゲストが多く入っている分、先ほどよりも迫力がある。すぐ近くの車椅子の女性が、思いっきりズレたテンポで手拍子しているのが少し気になるが、何度も言う。僕は、弁えている。

 

 そして3回目で確信した。やはりテッドは動いていない。しかも「Pretty Little Devilish Mary」のシーンだけで。僕はもう写真を撮るということも忘れ、3回も立て続けに観ながらも、一度として完璧な形で観ることができていないこの状態を恨んだ。

 

「ハウディー!4回目のご来場ありがとうございます!」

「テッド動いてないです」

「え?」

 

 3回目の後、ロビーに入るやいなや熊谷さんを見つけて声をかけた。我ながら、鬼の形相だったと思う。

 

「「Pretty Little Devilish Mary」のシーンで、テッドだけ動いてないです、他の熊たちは動いてるけど、テッドだけ。他の曲ではちゃんと動いてるけど」

 

 熊谷さんはきちんと、真面目な表情でうんうん頷きながら僕の話を聞いてくれた。

 

「さっきの回ですか?」

「2回目も、3回目も。1回目はわからなかったけど、多分動いてたと思います」

「上長に確認してきますね」

 

 熊谷さんはそう言って姿を消した。僕はそわそわとロビーで熊たちのポートレートを眺めたりしていた。もうシアターへの案内は始まっている。開始はすぐだ。

 

 熊谷さんが戻ってくると、ちょっと困ったような顔で微笑みかけてくれた。

 

「テッドの様子見もかねて、次のショーは開催されます。もし私たちがテッドの異変に気づいたら、次のショーはベアバンドたち休憩に入るかもしれないです」

 

 熊谷さんは故障とも、動作不良とも、メンテナンスとも言わず、彼らが生きたキャラクターであることを尊重した上で的確に話してくれた。僕はうん、と頷いて、もごもごと「ありがとうございます」と言って、シアターに入った。

 

「それでは、カントリーミュージックのリズムに合わせて、手拍子・足拍子をご一緒に!どうぞごゆっくりとお楽しみください……」

 

 

 

 5回目以降のショーは一時的に中止となり、カントリーベア・シアターはシステム調整に入った。シアターの最終ショーは18時。果たしてそれまでに復帰できるのか。

 僕はチャイナボイジャーで注文したブラックペッパーポーク麺を汁まで飲み干して空を見上げていた。愛するベアバンドたちとの、記念すべき再会。だったはずなのに。

 大きくため息をつく。お腹がまだ膨れていない。豚角煮ライスを追加しておくべきだった。ふと目を閉じると、熊谷さんの笑顔が浮かんだ。素敵な人だったな、オタクにも、あんなに優しくて……。

 

「さっきのオタク、ヤバなかった?」

 

 女子高生らしき制服の4人組が近くの席に座った。いや、顔はしっかりとメイクが施され、本当に女子高生なのかは怪しい。よく見ると制服もバラバラだった。

 

「ああ、ホーンテッドマンションの時のん?」

「めっちゃ一人でぶつぶつ呟いてたよな」

「なんか、諸君の目の錯覚なのかとかどうたら!」

「きゃはははは!」

 

 エセ女子高生たちは関西弁で喋りながら、カバンの中から舞浜駅前のNEWDAYSで買ったらしいおにぎりを取り出して貪った。ルール違反。これはオタクとして、パークを愛する者として、注意すべき案件だ。

 

「ほんま、あたしひとりでディズニーくる奴マジで信じられへんねんけど」

「意外とおるからビビるよなー」

 

 オタクへの偏見、差別、暴言。もう、慣れっこだ。

 どれだけこちらが弁えて、慎ましやかに行動しようとも、こういう輩には僕らの配慮や、熱意なんてのは全く通用しない。彼女たちにだって、何か周りが見えなくなるほど熱中できるものがあるはずなのに。……いや、ないのかも。

 だがどんなに僕のようなオタクを貶そうとも、僕は君たちがTDRのルールに違反しているという「弱み」を握っている。僕の方が、優位にいる。

 

「めっちゃ空いとるし、もう乗りたいのん全部乗れたな」

「いえーい、ディズニー制覇〜〜」

「これ行ってへんで、カントリーベア・シアター」

 

 エセ女子高生の一人がスマホのアプリを指差しながら言う。マジで来なくていい。マジで来なくていいから。いや、どうせ今は休止中だけど。

 

「それ、多分昔行ったことある、寝てて覚えてへんけど」

「つまらんよなー!」

「お客さんほとんどおらんやろ?これ無くしてもっと面白いの作ったらええのに」

「なぁ、もっかいスペース・マウンテンいこー」

「ええやん、いこいこ」

 

 カンベアがつまらない?何を言ってるんだ?やるか?

 おにぎりを食べ終わった彼女たちは、トレーもそのままに、立ち上がった。おにぎりのゴミを隠す様子もない。怒りをあらわにするなら、今だ。

 

「椅子、重っ!!」

「キャハハ!思ってた100倍重かった」

 

 彼女たちが立ち去ろうとする。今だ、さぁ行け。

 

「あの!!お姉さんたち!」

 

 エセ女子高生4人組が振り返る。声が裏返っていたかもしれない。

 

「あの、カチューシャ忘れてますよ!!」

 

 

 彼女たちを注意するようなことは何も会えなかった。結局、オタクは慎ましやかに生きるしかないのだ。リア充様に歯向かおうなんて考えないほうがいい。すべきなのはせいぜい、忘れ物のカチューシャに気づかせて、ぼっちオタもたまには役に立つのだということを示して、彼らの潜在意識を変えるということくらいだ。僕みたいなのは、世の中のはみ出し者なのだから。

 

「つまらない」

 

 さきほどのエセ女子高生の言葉が、胸に刺さる。

 僕個人の意見だが、一般的にテーマパークのアトラクションの主力はどうしても絶叫系になってしまうと思う。仕方のないことだ。東京ディズニーランドならば、スペース・マウンテン、ビッグサンダー・マウンテン、そしてスプラッシュ・マウンテン。人によるが、スターツアーズなんかのシュミレーションライドもそれに含まれるかもしれない。

 次点はディズニーならではのダークライド。美女と野獣 魔法のものがたり、カリブの海賊、ホーンテッド・マンション、イッツ・ア・スモールワールド、プーさんのハニーハント、ピーター・パン空の旅、モンスターズ・インク:ライド・アンド・ゴー・シーク、ロジャー・ラビットのカートゥーン・スピン。

 僕の大好きなカントリーベア・シアターはそのどちらでもない、シアター形式のアトラクションである。

 シアターアトラクションの演者は、映像、もしくは制御されたロボット。つまりはオーディオアニマトロニクスだ。ライブキャラクターやダンサーが活躍する、大人気のシアターショーとは異なる。そして、同じシアターアトラクションでも、フィルハーマジックにはミッキー・マウスらが、スティッチ・エンカウンターと魅惑のチキルームにはスティッチがといった、映画やアニメで人気のキャラクターが登場している。その一方で、カントリーベア・シアターに登場するキャラクターたちは、アトラクションオリジナルの熊たちだ。

 

 カントリーベア・シアターは確かに閑散としているかもしれない。ネームバリューもないかもしれない。それでも僕にとっては唯一無二のアトラクションであり、通い詰める価値のあるものだ。それを、奴らはわかっていないんだ。

 悔しい。好きなものを貶されて、悔しい。

 

 

「こんにちは。何名様ですか?」

 

 カンベアが休止し、腹ごしらえも終わり、やることのなくなった僕はうろうろとアトラクションを巡っていた。熊違いだけど、休業前ならばなかなかお目にかかれない30分待ちの「プーさんのハニーハント」で、僕はもう乗り場の寸前まで来ていた。指を一本だけ立てて、人数を示す。キャストだけは、ひとりでも嫌な顔をしない。

 

「足元3番でどうぞ!」

 

 3番。ハニーポットの前列。後ろにゲストが座るからちょっと居心地の悪い席だ。そう思っていたら、後ろの席もお一人様だった。白いブラウスにスカートの、中学生くらいに見える少女だった。

 

「もしよかったら、前と後ろ変わりますか?」

 

 年端もいかぬ女の子をおいて、自分が前をぶんどるのはいささか気が引けて、思わず声をかけてみた。女の子はニヤッと笑った。

 

「いいんですか、嬉しい」

「いいんですよ、いいんですよ」

「ん?RAD WIMPS?」

「!?!?……あ、いやそんなつもりはないです」

 

 なんか変な空気になってしまい、しまったという気持ちになった。けどこれは、僕が悪いんじゃないだろ。女の子はぺこりとお辞儀をして、なんと鼻歌でRAD WIMPSの「いいんですか」を歌い始めた。強い。

 

 ハニーポットがやって来て、乗り込む。ライドが動いている間じゅう、彼女は常に新鮮な驚きを声に出していた。うわぁ、きゃあ。そうやって楽しむ少女の姿は、なんだか初めて東京ディズニーランドを訪れた時の自分を思い出すようで、非常に眩しく見えた。最後の部屋でライドが停止する。巨大な絵本が置いてある部屋だ。本来はここで、開いている絵本が閉じる演出があるのだが、不具合が多く閉じたままで止まっていることが多い。今日もそうだった。ナレーションだけが流れ、ライドは再び動き出し、降り場へと向かう。すると、突然彼女は大きく拍手をした。

 

「お兄さん、席変わってくれてありがとう。これ初めて乗ったけど凄かった」

「あ、いえいえ」

 

 少女はぺこりと頭を下げて立ち去る。なんだかすごくいいことをした気分になった。昼間のエセ女子高生たちが忘れていったカチューシャを知らせた時には、微塵も感じなかったのに。

 あの子が観た「プーさんのハニーハント」は完璧なバージョンじゃない。でも、そんなことは知らず、おかまいなしに楽しかった気持ちを表現してくれた。その気持ちに嘘はない。

 僕は知り過ぎてしまっているんだ。だからこそ純粋な楽しみを忘れてしまっている。「つまらない」と言われて悔しかったくせに、「完璧」に固執して、今日はまだカンベアの公演を純粋に楽しんでいない。「完璧」がなんだっていうんだ。コンサートだぞ?ハプニングだって起きるさ。

 気がつくと時刻は17時すぎだった。アプリを確認すると、休止中だったカントリーベア・シアターが再開している。

 

「行ってみるか」

 

 暗くなりはじめたファンタジーランドを、僕は早足でウエスタンランドへと向かった。

 シアターのロビーにつくと、まだ熊谷さんがいた。僕を見つけて、にっこり微笑んでくれる。

 

「来てくれた!あのあと1時間くらいで再開したんですけど、戻って来られなかったので心配してたんです!」

「あ、マジすか」

 

 熊谷さんはまたにっこりと笑う。

 

「1年半ぶりですもん。完璧なショーが観たいですよね!」

 

 涙が出そうになるほど、僕の心は痺れた。来てくれた、だって。心配してくれた、だって。僕のことを。僕の会話を、1年半ぶりというところまで覚えていてくれていた。見透かされたように、僕の気持ちまで。

 

「私たちよりも早くテッドの不調に気づいてくれて、ありがとうございます!ベアバンドたち専属のお医者さんになってほしいくらいです」

「あ、いやぁ。でも僕、文系なんで工学とかさっぱりですし、えへ」

「工学?はて、どういうことかしら?」

 

 熊谷さんはとぼけた顔で言った。僕も思わず笑ってしまう。

 

 

 18時。本日の最終公演。ゲストは僕と、バカでかい高身長白人男性と同じくバカでかい日本人男性の2人組、4歳くらいの男の子を3人ほど連れた若いお母さんグループ、60〜70代くらいの白髪混じりのご夫婦、そして高校生カップル。計5組。やはりひとりで来ているのは僕だけだった。

 

「それでは、カントリーミュージックのリズムに合わせて、手拍子・足拍子をご一緒に!どうぞごゆっくりとお楽しみください!」

 

 ショーが始まる。バフが悪態をつく。ヘンリーが登場し、ゴーマーがピアノを弾き、「ベアバンドセレナーデ」が演奏される。

 手拍子は、小さな子供たちもいるから、ちぐはぐだ。それでもいい。子供達の笑い声が聞こえる。それでもいい。白人男性が興奮で「フォーッ!」と声をあげた。それにつられた高校生カップルの男の子も真似をする。子供達の笑い声が響く。

 「完璧」の定義は人それぞれで違うかもしれない。「楽しい」「面白い」の定義もそう。予想された通りに、予想された動きだけが完璧なのであれば、この盛り上がりや興奮ですらも否定することとなる。でも、違う。わからない人にはわからなくたっていい。こうやって観客で作る空気感だって、楽しめる一つの方法だろう。僕は「フォーッ」とか言えないけど、誰よりも的確に、大きな音で手拍子をしたいと思った。

 

 運命の「Pretty Little Devilish Mary」のシーンがやってくる。テッドが、ちゃんと動いている。その後も止まることはなく、きちんと動いてくれていた。

 

 シェーカーが腰を振る。バニー、バブルス、ビューラーがかわいいダンスを披露する。アーネストがヴァイオリンテクを見せる。天井からテディ・バラが美しい音色で歌い上げる。ビッグ・アルの間の抜けたギターの音が響く。ヘンリーとサミーが「デイビー・クロケット」を歌い出せば、ショーはクライマックスだ。

 

 コンサートが終わると、僕はめいっぱい拍手をした。他のゲストも一緒に拍手をしてくれた。馬鹿でかい白人男性は指笛を鳴らしていた。

 5回目にして僕は、やっと完璧なカントリーベア・ジャンボリーを堪能できた。いや、ここにいるゲストで作った、完璧以上のショーだった。

 

「今日は楽しめましたか?」

 

 帰り際に熊谷さんに声をかけられた。

 

「あ、おかげさまで。ありがとうございます。また来ます」

「当然ですよね!最後の回、すごく盛り上がりましたね。またテッドの様子も見に来てあげてください」

 

 そう言って、手を振って僕らは別れた。熊谷さんは先ほどの高身長白人男性ゲストに英語で話しかけている。「完璧」があるとすれば、彼女のような人を言うのかもしれないと僕は思った。

 

 僕はカンベアオタクだ。世の人が、なるべくいろんな種類のアトラクションに乗ろうと努力する中、僕はひとり延々と繰り返すカントリーミュージックのループへと身を埋める。予定調和の安心感に浸るため?それも一理あるかもしれない。だけど実際は、ショーは毎回異なるのだ。ベアバンドたちだけではなく、ゲストやキャスト共に作るものだから。ぼっちインの僕でも、ここに来れば誰かと繋がれる気がするから。ずっと観ているからこそ、違いを感じることもできるから。最高の1回を探し求めて、僕はループに飛び込んでいく。

 シアターを出ると目の前をナイトフォール・グロウのフロートが過ぎて行った。明日からまた現実に戻る。

 熊たちよ、また会う日まで。

 

 ほっ、と軽めのため息をつくと、ぐるぐると大きくお腹が鳴ってしまった。やっぱり豚角煮ライスを追加しておくべきだった。

 

 

第4話「熊劇場神話体系」おわり

 

***

あとがき

弁えているつもりでも、弁えれていないこともあって、

それに自分に気づけた主人公は偉いと思うんです。

ついぞ出す機会がありませんでしたが

主人公の名前は光輝(こうき)という設定があります。

 

 

 

次回予告

第5話「バッド・ドリーム・レクイエム」

www.sun-ahhyo.info

カンベアドベント

あんなにラジオで「もう卒業した」って言ってたのにやるんかい!というツッコミ待ちでした。誰もツッコんでくれませんでした。ぴえん。

というわけでカンベアドベント14日目の記事でした。

今年も無事年を越せそうです。

ユーキャンさん( @yuucanium )ありがとうございます。

 

ラジオもまたやりたいですね。

adventar.org

東京ディズニーランド小説