『シュガー・ラッシュ:オンライン』でディズニーはプリンセス映画のその先へ。

『シュガー・ラッシュ:オンライン』(原題:Ralph Breaks the Internet)を観てきました。

 

D23 EXPO 2017にて「インターネットを舞台とし」「ディズニーのウェブサイトOH MY DISNEYにアクセスしてプリンセスたちと合流する」という情報を手に入れてから、楽しみでありながらも一抹の不安を抱えながら待っていて僕らディズニーファンにとって、やっと一息(?)つける時がやってきた。

 

トレイラーでも観られた、プリンセスたちが半ば自虐的に自分たちをネタにするシーン(ガラスの靴をブチ割り武器にするシンデレラなど)や、そもそも『シュガー・ラッシュ』キャラ風にアレンジされたキャラクターのデザイン(目がオリジナルとは比べ物にならないほど大きく描かれた白雪姫など)など、ファンからも「公式が解釈違い」という点で賛否を呼んでいた作品でもあった。

 

正直その部分に関しては個人の好き嫌いによるものが多いことと、僕自身は受け入れられる範囲内だったため今回はそこに関しては語らないようにする。

では『シュガー・ラッシュ:オンライン』という作品はどんな映画だったのか、語っていきたい。

 

 

※このレビューは『シュガー・ラッシュ:オンライン』および前作『シュガー・ラッシュ』や関連作品のネタバレを含みます。

お読みになる際は自己責任でよろしくお願いします。

 

 

前作『シュガー・ラッシュ』と『シュガー・ラッシュ:オンライン』のあらすじ

前作『シュガー・ラッシュ』は、リトワクさんという老人男性が経営するゲームセンターの「Fix-It-Felix Jr.」というゲームの中で、乱暴な悪役としてしか扱われず「ヒーローになりたい」と願うラルフが、レースゲーム「Sugar Rush」に迷い込み、バグがあるからとゲームに参加させてもらえず仲間外れにされていたヴァネロペと出会い、彼女をレースに参加させ、そして優勝させることで彼女をゲームの正式なプレイヤーに登録させ、その見返りに他のゲームから盗んできた「ヒーローのメダル」を手に入れようとする話である。

タイトルは『シュガー・ラッシュ』ではあるが原題は「Wreck-It-Ralph」でまさにラルフが主人公として活躍し、ヴァネロペのヒーローとなる物語である。一方でヴァネロペにとってのヒーローでありながらも自分の居場所の「Fix-It-Felix Jr.」のゲーム内ではこれからも悪役として生きて行く自分を選び、自らの役割を受け入れわだかまりが解けたことでゲーム内の他のキャラクターとの関係も良好になるという物語である。

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物語はその6年後、同じくリトワクさんのゲームセンターから始まる。親友となったラルフとヴァネロペはゲームセンターの閉店後夜通し遊びまくる仲。

 

前作で「悪役のままの自分」を受け入れたラルフは、ヴァネロペやゲームの仲間たちと一緒に過ごす「幸せな今この瞬間」をずっと続けていたいと思うようになっていた。

悪役としてしか扱われず、一人ぼっちで過ごしてきた期間の長い彼だからこそ、その幸せを手放したくないと思っていたのだ。

一方のヴァネロペは毎日続くゲームの中での「いつも通りの日々」に飽き飽きしていた。刺激を欲しがるヴァネロペを喜ばせようとラルフはコースを改変し、ヴァネロペも喜んでそちらに飛び込むが、コースを外れたことによりお客の子供にゲーム機のハンドルを壊されてしまったことから修理のため「Sugar Rush」は電源を抜かれてしまう。

「Sugar Rush」を救い、元の生活に戻るためには、お客の子供が話していたハンドルをインターネットサイト「eBay*1」で落札する必要があると考えたラルフはヴァネロペとともに先日接続されたWiFiルーターからインターネットの世界へアクセスする。

 

ラルフとヴァネロペの関係性

当然だが本作は『シュガー・ラッシュ:オンライン』であるからして、『シュガー・ラッシュ』の続編である。

続編に期待されうる要素として、「前作を踏まえた変化(主人公たちの成長)」が見られるか見られないかというのは非常に重要だと思っている。

 

 前作で大親友となった二人だが、ラルフは長い間ひとりぼっちだった経験からヴァネロペと離れることを恐れ、ゲームの「Sugar Rush」を救うため、あの手この手でハンドルを購入するための資金を集めようとする。

一方で、ヴァネロペは持ち前のやる気と好奇心から「Sugar Rush」の生活に飽き、日々変わり続け予想ができない変化が起きるインターネットの世界、そしてネットゲーム「Slaughter Race」に魅力を感じてしまう。

 

インターネット世界での大冒険やディズニープリンセスとの共演はあくまで一つの要素であり、「夢」を追いかけゲームセンターを出ようとするヴァネロペと、「いるべき場所」にこだわり続けるラルフの、親友同士のすれ違いがこの映画のメインテーマである。

 

前作『シュガー・ラッシュ』で深めあった絆を、より一歩前進させていく成長物語が、彼らの内面描写とともにしっかりと描かれ、最後には思わず涙してしまう展開が待ち受けている。

 

ディズニープリンセス像のアップデートとジェンダーロール

ディズニープリンセス像のアップデートに関してはこのブログでも何度も何度も語ってきた。

色々なゲームキャラがクロスオーバーした前作『シュガー・ラッシュ』から舞台をインターネット上へ移し、それをすることで幅を広げ今度は様々なディズニーキャラクターたちとクロスオーバーすることが可能になった。

 

それでも今回のこのクロスオーバーを単なるファンサービスや話題性のためのギャグとして流せないほどに、特にプリンセスのキャラクターたちは重要な意味を持っていた。

 

ヴァネロペとプリンセスたちの会話はただの「プリンセスあるある雑談」のようでありながら、それがそのままヴァネロペの現在の心境が「ディズニープリンセス的」であることを示す。

「シュガー・ラッシュを出て、日々ワクワクするようなレースをしたい」というヴァネロペの新たな夢や(=Part of Your World, Belle(Reprise), How Far I'll Go)

ラルフの「ゲームセンターこそが居場所」という気持ちとすれ違う彼女の「ありのまま」の本心(=Reflections, Let It Go)などである。

 

 

また、ディズニーは日々変化し続ける現実世界の普遍的な価値観により、白雪姫やシンデレラなど、過去のプリンセスたちは数々の批判を受け続けてきた。

ルネサンス期を経て、新世代のプリンセスのメリダ(「メリダとおそろしの森」)ティアナ(「プリンセスと魔法のキス」)ラプンツェル(「塔の上のラプンツェル」)アナやエルサ(「アナと雪の女王」)そしてモアナ(「モアナと伝説の海」)たちなどはそれらを受けてより多種多様な「プリンセス像」を提示してきた。

今作には登場しないがソフィア(TVシリーズ「ちいさなプリンセス ソフィア」)などもそれは顕著である。

 

『シュガー・ラッシュ:オンライン』でも予告編にある通り「大きくて力のある男の人に助けてもらったって思われてない?」という質問が「プリンセスあるある」の一つとして示される。(実際にはメリダやエルサは男性の助けを借りてないが)

 

ヴァネロペ自身、前作『シュガーラッシュ』ではラルフという「大きくて力のある男」に助けられた存在である。

そんな彼女がシュガーラッシュ(ゲームセンター)を離れる夢を追いかけるということは、つまりラルフとの別れ、ディズニープリンセスの「大きくて力のある男」からの卒業を意味するのである。

 

そうなるともはや、ディズニープリンセスのアイデアが先か、ヴァネロペの夢の話が先かわからなくなるほどにこの話には必然性が生まれる。

プリンセスの登場はただのエンターテイメントとしてではない。

ディズニーが発したい「ジェンダーロールからの解放」であったり「多様性」のメッセージを際立たせる上で、プリンセスの登場は必然的だった。

 

プリンセスたちが「大きくて力のある男」に助けられた存在であることに注目してみてみると、クライマックスのシーンはただのギャグではなくなってしまう。

 

『シュガーラッシュ:オンライン』はプリンセス映画のその先へ行ってしまった。

 

 

リスクの大きいインターネット世界

インターネット世界をアニメーションとして描くのは何も新しいことではないと思う。「客に言われる前に言ってやれ!」って事なのか、同じくゲーム(コンピュータ)世界およびネットワーク世界の冒険を描いた『トロン』を劇中序盤に登場させたのもなかなか面白い。(『シュガー・ラッシュ:オンライン』はこういう「言われる前に言ってやれ」的なメタ発言描写も多いと思う)

 

それでも実在するみんなが知っているウェブサイトやサービスが実際にそこにあり、人々が利用しているのをアニメーションとして描くアイデアは実に愉快だった。

 

リトワクさんのゲームセンターは「Fix-It-Felix Jr.」や「パックマン」「タッパー」「ストリートファイター2」などのレトロゲームをいつまでも並べておくようなゲームセンターである。前作はその中での冒険を楽しんだものの、続編として世界を広げるにはとても狭い範囲であり、だからこそ続編が難しい映画でもあると思っていた。

 

それがインターネットへの接続とは。

理にかなってはいるが飛躍しすぎである。

 

実際、速報を聞いた時も不安で仕方なかった。

「インターネット世界」を舞台に「現在のウェブサービス」を描くということは、5年後10年後、長い時間が経った後にはとても陳腐に感じられてしまうかもしれない。

 

それはゲーム世界でも同じじゃんとは思うが、前述の通り劇中時代においてもそもそもレトロで、つまり長く親しまれているキャラクターをゲスト出演させる事でクリアした側面があると思う。

 

でもインターネットは「今」しか描けない。

ではなぜリスクを取ってまでインターネット世界を選ぶのか。

 

それは物事は変化するということをあえて強調したかったのかもしれない。

 

それは前述した「ヴァネロペの夢」にも「ディズニープリンセス像」の話にもつながる。

「悪者は悪者のままで役割を果たす」ことが強調された前作のゲーム世界と、「誰もが何にでもなれる」と強調されるインターネット世界は明らかな対比である。

(「誰もが何にでもなれる」というのは『ズートピア』で語られたズートピアという街の理想でもある)

 

ひとつの映画で描けるプリンセスの個性には限界があるし、過去は変えられない。そんな中でも人々の「より良いプリンセス像(女性像・人物像)」は変化していくし、習慣やルールやマナーも変わる。

かつては普遍的であると思われていた「ディズニープリンセス」も様々なキャラクターを経て、現在は新たな過渡期にある。

 

いつかは陳腐だと、古臭いと言われてしまうかもしれない。

それでもディズニーは変化を受け入れ、恐れない。

 

まとめ

一応僕の周りでは賛否両論、というかなぜかブチギレている人がめちゃくちゃ多いのですが、ストーリー部分に違和感を感じているというよりはディズニーキャラの描き方に不満・公式と解釈違いがあったという感じで、最終的にはみなさんが自分で映画を見て判断されるのが良いと思います。

 

ネットの小ネタもあり、ディズニーファン向けのマニアックな小ネタもあり、アクションも良し、ノーヴィランだった展開も久々で良し。

(久々って言ったけど普通に前作『モアナと伝説の海』がそうだわ)

ではありますが「ラルフの動画あんなのでそんなにウケねぇだろ」とか、スローターレースのルールがいまいちわからんとか、細かいツッコミはあげればキリがないとも思うし、感情部分に訴えかける分、ストーリーとしてはありがちな展開だったかなとも思います。

「ターボ」に関しては、まぁ一言ぐらい言及があってもいいとは思うけど、戻ってきたとはいえ前作はラルフ自身が「ターボ」してヴァネロペと出会って生まれた物語でもあるので別にいいんじゃね?って思う。

 

 

まぁ、今回のディズニーがめっちゃズルいのは劇中で「コメント欄は見ちゃいけない、心無いコメントをつける人が悪い」と言ったことですかね 笑

 

ケリー・マリー・トランの騒動とか色々あったし、正しいんだけどね。

映画が気に入らなくても暴言はやめましょうということで 笑

 

シュガー・ラッシュ:オンライン(オリジナル・サウンドトラック)

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  • アーティスト: ヘンリー・ジャックマン,青山テルマ,フィル・ジョンストン,トム・マクドゥーガル,Thelma Aoyama,EMI K.Lynn,REO
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映画「シュガー・ラッシュ:オンライン」の感想 #シュガラお題



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