『スター・ウォーズ/エピソード9』でスカイウォーカーは概念となるのか。

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スターウォーズ熱というのは僕にとっては浮き沈みの激しいもので、基本的には大好きなコンテンツなんだけど、ディズニーもピクサーもマーベルも追いかけている中でスターウォーズだけ常にフルスロットルで熱中していることが難しい。

それでもやっぱりティザー映像が公開されると「うおおお!」と興奮してしまうものである。

 

 

えらい細長い画面サイズやな。

 

原語版タイトルも『The Rise of Skywalker』と発表された。

「スカイウォーカーの誕生」あたりが適切な直訳かな。ただ直訳が日本語タイトルになるかもわからないし、『ファントム・メナス』の時のようにカタカナで表現される場合もある。

 

しかしながら、『最後のジェダイ』でルーク・スカイウォーカーが亡くなった今、なぜ『The Rise of Skywalker』なのか。

 

と、いうわけでこのちょい出しティーザーから感じられる僕の考察的なもの。

 

目次

 

『最後のジェダイ』が終わらせたもの

『The Rise of Skywalker』を考えるにあたって、『フォースの覚醒』と『最後のジェダイ』を振り返る必要はあると思う。

J.J.エイブライムス監督によって対象の伏線を張り巡らされたEP7『フォースの覚醒』と、その伏線をほぼ回収せずに話を進めたライアン・ジョンソン監督の『最後のジェダイ』

僕個人としては大いに楽しめた『最後のジェダイ』だが、伏線回収を期待していたファンによってライアン・ジョンソン監督がまるで戦犯のような扱いを受けていたのは記憶に新しい。それでも彼は制作総指揮に名を連ねるJ.J.エイブライムスと作品についてかなり話し合ったことがわかっている。(そりゃそうだ)

当然、『ジュラシック・ワールド』のコリン・トレヴォロウからEP9の監督を受け持つことになるのは『最後のジェダイ』完成後であるが、ライアン・ジョンソンが自由気ままに脚本・監督したあの作品でもなんとか収拾がつく程度にはJ.J.の管理は行き届いているはずである(というかそう願いたい)

 

それでもあの『最後のジェダイ』は「一体この先どうなるの!!??」と驚かずにはいられない内容であったのは間違いない。

 

レイの過去は「何でもなかった」ことが明らかになり、大ボスと思われていたスノークはカイロ・レンにより死亡、レジスタンスはミレニアム・ファルコンに全員避難できるほどの人数となってしまい、最後にルーク・スカイウォーカーが亡くなる。

 

まぁレイの過去は「カイロ・レンのハッタリでした」で何とでもなるだろうとは思っている(それが正解とも思えないが)

 

最後のジェダイの騎士であったルーク・スカイウォーカーが亡くなったことにより、ジェダイ・オーダーは二度目の滅亡を経験したことになるが、同時にルーク・スカイウォーカーのセリフから「私は最後のジェダイではない」と主人公レイに確かにバトンが渡された引きになっていた。

 

伝説となるスカイウォーカー

絶体絶命の状態から決死のフォース残像により、生き残りのレジスタンスたちを無事逃すことに成功したルーク・スカイウォーカーは伝説となった。

これは『最後のジェダイ』の終わりにカント・バイトの奴隷の少年たちが興奮しながら語る彼の武勇伝からもわかる。

 

そして来たるEP9のタイトルが『スカイウォーカーの誕生』である。これが意味することとはなんなのだろうか。

 

僕はやっぱり「スカイウォーカー」の概念化が始まるのだと思う。

「スカイウォーカー」という単語が個人を離れ、例えば「ジェダイ」のようにある特定の人々を指すような単語になるのではないか。

それはもしかしたら「ヒーロー」という言葉に近い何かに。

 

かつてのスカイウォーカー世界では「ジェダイ」という言葉がそれを担い、悪の存在である「シス」と戦っていた。

それでも「ジェダイ」は様々な掟、戒律に縛られまくっている組織であった。かのアナキン・スカイウォーカーも、組織としてのジェダイに思うように動けず、組織への不信感からパルパティーンの甘い言葉に誘われ悪の道に染まってしまう。

 

ディズニーが『プリンセス』という言葉を「王家を継ぐ女性」としての単純な言葉の意味ではなく、「信念を持ち夢を叶え自由に生き戦う存在」として再定義するように、スターウォーズにおいて「スカイウォーカー」という概念が生まれるのではないか。

それの伏線としての『最後のジェダイ』という一時代の終わりと、伝説となったルーク・スカイウォーカーの物語だったのではないだろうか。

 

だとすれば、もうスカイウォーカーの血統は関係がないのだ。

誰だってヒーローになれる。そういう新たな存在として定義される。

ディズニーがやりそうなことじゃないか。全て僕の勘だけど。

 

パルパティーンの存在

ティーザー映像は先日の「スターウォーズ・セレブレーション」というイベントで公開された。

本当にかなり効果的だったと思う。

ランド・カルリジアン役のビリー・ディー・ウィリアムズの登場はかなり前から明るみになっていたが、今回の映像のラストに響き渡る笑い声には驚かされた。

銀河帝国の皇帝、そしてシスの暗黒卿ダース・シディアスことパルパティーンの笑い声なのである。

そしてその後イベントにはパルパティーン役のイアン・マクダーミドも登場。

EP6『ジェダイの帰還』で死んだと思われていたパルパティーンが、まだ生きていたなんて!

またスノークの死自体も、彼がパルパティーンの傀儡であったなら、あの強いのか弱いのかよくわからなかったあっけない死も納得がいく。

 

死んだはずの人間が実は生きていたなんてことはスター・ウォーズではよくあることだが、『最後のジェダイ』でスノークが滅び、レイとカイロ・レンの一騎打ちしか想定できない状態において新たな一石が投じられたように思う。

これで、カイロ・レンが完全に闇落ちしても、カイロ・レンが寝返ってレイと一緒にパルパティーンを倒す展開でも、どっちでもファン的に面白い展開になる。(ディズニー的には後者の方が可能性は大きいかなと思う)

 

ただごくごく個人的な思いを言うと、カイロ・レンはスカイウォーカーの血を受け継いでいるのだから、スカイウォーカーを概念にしてしまうのであれば、きちんとEP9でカイロを殺しておいてほしいなと思ってしまう 笑

ただ、カイロ・レンが寝返るパターンでカイロ・レンが死ぬのは、完全に『ジェダイの帰還』のまんまになってしまうので 笑

ただでさえJ.J.エイブライムスが監督した『フォースの覚醒』は『新たなる希望』の塗り直し感が強かったので、そういうのはもうお腹いっぱいだよとも思う。

 

まぁ、『ハン・ソロ』大コケというオワコン感ひしめく中、MCUもエンドゲームで大盛り上がり、DCファンもアクアマンとシャザム!で大盛り上がり、時期はちょっと前だけどファンタビも急展開で大興奮なこのタイミングで、ティザー映像一本でここまで盛り返せるのだから、やっぱりスターウォーズは捨てたもんじゃないですよね。

 

これから続々と登場する情報にワクワクしつつ。

ひとまず散らかりすぎたスターウォーズ周辺の面倒なアレコレを、観客を黙らせる傑作にして、綺麗に終わらせるEP9にしてほしいですね 笑

 

楽しみだー!・・・いや、やっぱちょい不安。