時代がどれだけ変わっても『シンデレラ』の輝きは色褪せない。

『シンデレラ』を初めて観たときの衝撃は忘れられない。

僕が『シンデレラ』を初めて観たのは大学生の時で、もういい大人になっていた。

男の子兄弟だったこともあり、プリンセスものはディズニーオタクになってから自分で買い集めて見るようになったのだ。

性格が子供っぽいとはいえ、20代前半の男性に衝撃を与えるようなクオリティがこの古い映画にはある。

 

戦争や短編ものの不発により経営難に陥ったウォルト・ディズニー社で1950年に公開された『シンデレラ』は大ヒットを巻き起こしディズニー社を救い、再びディズニーの黄金時代を築く。

作品そのものもプリンセスものの最高傑作と言っていい出来で、色褪せない輝きを持っている。

 

2015年には実写化リメイクされ、今後『シュガーラッシュ:オンライン』では他のプリンセスとパロディ的に共演という形で登場する。

こと、女性観やジェンダー観、恋愛観、差別感などなど諸々に遅れている日本においても、ディズニーは容赦無く、新たな価値観を提示してくる。

 

変化していく価値観のなかで、『シンデレラ』をどう考えるか。

大好きな作品だからこそ、ディズニーファンだからこそ、考えてみたい。

目次

 

変化するプリンセス像

 

別に今に始まった事ではないけれど、ディズニーにおける「プリンセス観」が変化している。

 

僕のブログでもそれは度々語ってきた通りである。

従来のおしとやかで、面倒見がよく、夢見がちで運命の出会いを待つようなプリンセス像は次第に影をひそめ、積極的で、自己をしっかりと持ち、時には悪とも戦うプリンセスが生まれ、そして今では「恋すら必要としない」プリンセスが生まれてきている。

 

これはもちろん米国での女性像、ジェンダー観の変化とさらには、「異性恋愛のみが唯一正しい」とされてきた時代への反発でもある。まだ同性に恋するプリンセスは登場しはいないが、恋愛感情を持たないプリンセスの登場により、そしてテレビシリーズ(『悪魔バスター☆スター・バタフライ』)における同性愛描写や、実写作品においてゲイやレズビアンを思わせる描写をさりげなく織り込む(『美女と野獣』『マイティ・ソー/バトルロイヤル』)ことで、ディズニーは一歩前進した。

 

 差別描写に関しては『ズートピア』が顕著だろう。劇中は人種をメインとした差別への疑問の提示ではあったが、あれは様々な差別に応用されて考えることのできる作品である。またこの作品に登場する歌手のガゼルはトランスジェンダーであるとも言われている。

 

ディズニーに限らず現在は、映画に多くの人種を登場させ、かつ彼らを尊重させることが当たり前となっており、そしてそれらが求められている。

 

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海賊を前にニヤケ顔のシンデレラ

少し前の話になるが、ディズニーランド・パリで行われるイベントのイメージアートがちょっと話題となった。

dpost.jp

悪人ヅラの海賊・フック船長に対する、この不敵な笑みのシンデレラ。

モアナはともかくとして、プリンセスの代表、しかも劇中戦闘シーンが全くないと言ってもいいシンデレラが、この顔である。

 

ヨーロッパにおいては、と言うべきか、日本国外においてはと言うべきか、プリンセスはもはや「戦ってもなんらおかしくない存在」にまで進化している。

 

凶器となるガラスの靴

『シュガー・ラッシュ:オンライン』(Ralph Breaks the Internet : Wreck-it-Ralph 2)のトレーラーが公開されて数日間が経った。

日本語版も公開され、地上波でも流れ、多くの人が観たと思う。

 

このトレーラーで多くのディズニープリンセス達が突如現れたヴァネロペに警戒心を見せて戦闘モードに入ったり、自らの経歴を自虐したりという描写が話題となった。

 

日本語版は映画公開後にしれっと削除されていつもリンク切れになるので本国版を載せておきます。

 

この映画に関してもそのうち僕の考えとかを載せたいなぁとは思っているんだけど、いつになることやら。

 

このトレーラーが公開されて以降、この映画に始まったことではないけど、特に予告編で登場するプリンセス達の行動や言動が、過去のディズニー作品の否定のように聞こえて、解釈違いを起こしてしまっているファンも多いようだ。

特にシンデレラは、本編でのキーとなるガラスの靴を自らブチ割って凶器として構える。これはコメディ的に笑うところなのだけど、「ディズニーという会社自身が描く」ということで笑えなかった人も多いみたいである。

 

フォローになるかはわからないけど、『シュガー・ラッシュ』の監督リッチ・ムーアはかつて21世紀FOXのアニメーション部門で「シンプソンズ」を作っていた監督である。

もちろん全ての話を作ったわけではないけれど、「シンプソンズ」という作品を知っていればそのブラックユーモアやパロディぶりがわかるだろう。ディズニーを思いっきりパロる回もある。

 

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『シンデレラ』は否定されるべきなのか

で、ここまで『シンデレラ』についてなんも書いてないわけだが、前述の通り『シンデレラ』は大好きな作品で、数あるディズニー作品の中でも傑作の部類である。

 

限りなく丁寧に描かれた映像表現は息を飲む美しさであり、身動きの取りづらいシンデレラの代わりにハラハラドキドキの大冒険を繰り広げてくれるジャックやガス達、動物のキャラクター達は実に愛おしい。

 

前半のシンデレラへの同情を深めるイライラの展開と舞台設定の紹介、中盤の心温まるドレス作り、フェアリーゴッドマザーの魔法、舞踏会。そして後半では初期の作品には珍しい「タイムリミット」を用いた焦燥感の演出が施され、最後には予想しない展開で「やった!!」と観客にガッツポーズを取らせる。

 

以前も語ったことがあるが「シンデレラは何もせず魔法で幸せを掴む」なんて揶揄されることがあるがそれは大きな間違いで、彼女は苦しく目も当てられない嫌がらせに日々耐えながらも気丈に夢を抱き、努力し、正しいと思ったことは自ら主張するような女性である。

 

彼女は継母にいじめられながらも「私にも舞踏会へ行く権利がある」と堂々と言ってのけ、仕事もきちんと終わらせる。

 

「ネズミがドレスを作ってくれるなんてありえない」というが、そんなのは当たり前で、彼らは我々にとっての人間の友人と大きな違いはない。シンデレラの社交性や心の優しさ、そして彼女が受ける苦痛を知っている友人からのサプライズであり、それをファンタジーとして動物に置き換えたに過ぎない。

 

ではフェアリーゴッドマザーは?

夢を追いかける心優しき人間の周りには、自然と力のある人間が手を差し伸べてくれるようになるものだ。

全ての努力が報われるとも思わないし、優しい人間だけが都合よくいい思いができるほど現実世界は甘くない。そんなことはわかっている。

だけど少なくとも救いの手が差し伸べられる可能性が大きいのは、きっと努力した者達の方が多いだろう。

忙しい時にドレスを作ってくれる友人や、手を差し伸べてくれる人が現れるのは、シンデレラという女性の心の美しさと芯の強さからくるものだと僕は信じている。

 

そしてそんな「シンデレラ」のようなプリンセスは、新たな価値観の中で否定されうるべきかと言われると、間違いなくNOであるはずだ。

 

ディズニーが目指す「Representation Matter」

 

過去「モアナ」の記事を書いたときに僕自身も「従来のプリンセス像の否定」という言葉を使ったけど、あくまでそれは「モアナはそうじゃない」という意味だった。実際読んだ人の感想に誤解があったようなので言葉足らずだったと思う。

www.sun-ahhyo.info

 

2018年のアカデミー賞授賞式で『リメンバー・ミー』で長編アニメーション賞を受賞したピクサーのリー・アンクリッチ監督は作品に関して「Representation Matter」という言葉を用いた。

 

 この言葉は、なかなか日本語に訳すのが難しいのだけど、以下のインタビューが詳しく説明してくれている。

www.buzzfeed.com

 

では、この言葉は何を意味するのか。

『リメンバー・ミー』を手がけたリー・アンクリッチ監督の言葉を借りると、「物語の中に自分と同じ見た目、言葉、暮らしをしているキャラクターが登場すること」を指す。

もう少し噛み砕くと、どんな人種や民族、宗教、ジェンダーなどのマイノリティであっても、自分と同じ属性を持ったキャラクターが映画やテレビの中に当たり前のように登場すること。

物語を通じて、自分が社会の一員であることを実感できること、と言える。

 

 

過去のディズニー映画ではもう、おしとやかなプリンセス達は描いてきた。

だから今度は、男の子達を差し置いて、悪に立ち向かうプリンセスがいてもいい。肌の黒いプリンセスがいてもいい。恋をしないプリンセスがいてもいい。そもそも、プリンセスじゃなくてもいい。

様々な「こうあるべきだ」という圧力から解放し、今までの映画で描かれてこなかった人々に光を当て「こうあってもいいんだよ」という風に変化させる作業をディズニーは行なっている。

 

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実写版『シンデレラ』の素晴らしさ

2015年、リリー・ジェームズ主演、ケネス・ブラナー監督により『シンデレラ』は実写化された。

 

1950年のアニメーション版では醜く描かれていたトレメイン婦人と娘達アナスタシアとドリゼラは美人に描かれ「外見は美しいが心が汚れていて品がない」という演出に変わった。

その他にもシンデレラの元にフェアリーゴッドマザーが現れる必然性や、父親母親の描写を入れることでシンデレラの性格をより掘り下げ、王子との出会いを事前に描くことで恋に落ちる過程も補足する。

王子の側近には当時ではありえないだろう黒人のキャラクターが当てられ、舞踏会には世界各国を代表するプリンスとプリンセスが集結する。

過去ディズニーは「南部の唄」という作品で「当時の黒人が差別がきちんと描かれていない」という批判を受け、現在までソフトの販売が中止され廃盤となっている。

あの作品を批判した人たちはこの「シンデレラ」を見てどう言葉を発するのだろう?

実写版「シンデレラ」にはディズニーの「うるせー!現実とファンタジーをごっちゃにするな!!」というような痛烈なメッセージが込められているような気がしてくる。

その一方で、過去の作品にきちんとリアリティをもって向き合えるような補足もしてくるから侮れない。

魔法は魔法で、ファンタジーではあるけれど、登場人物の行動原理がよりリアルなのだ。

 

1950年の「シンデレラ」をより現代的にアップデートしつつ、決して過去作を否定することもなく、美しく完璧に超優等生に仕上げた。

正直僕の中では実写化のシリーズはこの作品が今の所もっとも素晴らしいと思っている。

 

まとめ

『シンデレラ』はいいぞ。

 

映画を好きになると、ポリコレは決して切っても切り離せない問題となってくる。

過去の価値観と現代の価値観は大きく異なるし、そこも踏まえて過去の映画が問題であるという声が上がることも多いだろう。それに傷つく人たちがいることにも目を向けなきゃいけない。

ただ何でもかんでも発禁したり、カットしたり表現を塗り替えたりすることが正しいとも思わない。ディズニーのやり方が正しいとも。

それでも、時代についていけずに文句や差別発言をするような人間にはならないように、努力をしたいし、いろいろと考えたいと思っている。

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