ディズニー/ピクサー映画『2分の1の魔法』(原題:Onward)の初報を聞いたのは2017年のD23 EXPOだったと思う。
当時はその世界観から「Suberban Fantasy World」というタイトルがつけられていた。
ピクサーとしては2017年の『リメンバー・ミー』以来の、続編ではない完全オリジナルの新作である。
本来であれば米国公開の3月6日の一週間後の3月13日に日本公開が行われる予定であったが、COVID-19の影響により、8月21日まで公開延期となっていた。
米国では映画館の閉鎖などもあり、劇場公開後約2週間でDisney+配信が開始されるなど、COVID-19に振り回された本作であった。
本来の公開日から約5ヶ月。待ちに待ったディズニー/ピクサー完全新作の劇場公開である。
※当記事は公開中の映画『2分の1の魔法』のネタバレを含みます。
目次
あらすじ
『2分の1の魔法』の舞台は、エルフ、人魚、ゴブリン、ケンタウルス、妖精などなどが住む世界。かつて魔法が存在したファンタジーなその世界では、あるとき電気が発明されたことにより人々は「より楽な道」を選び、結果として魔法は廃れ、人々は自身が持っていた能力を忘れ、文明社会が根付てしまっていた。
そんな「現代的RPG世界」に住むエルフの主人公・イアンは、引っ込み思案で学校にも馴染めない「怖がり」な少年。その兄で、心は優しいが粗暴なファンタジーマニア(かつて魔法が現実に存在していたため、この世界では歴史マニアである)で問題児扱いの「怖いもの知らず」なバーリー。
二人は幼い頃に父親を亡くしており、イアンは思い出のほとんどない父の存在に憧れ、思いを馳せている。またバーリーは父の趣味であった魔法の探求を熱心に行なっており、街の遺跡の保護する目的で違法な座り込みなどを行うために、何度か警察のお世話になっているようだ。
そんな怖がりなイアンと怖いもの知らずなバーリーが、イアンの16歳の誕生日に父が残した魔法の杖と「不死鳥の石」を手に入れる。魔法マニアのバーリーによると、これにより24時間だけ死者を生き返らせることができる。つまり父と再会することができると言うのである。
イアンは偶発的に復活の魔法を発動し、父の体は徐々に蘇るが、その途中で「不死鳥の石」が砕けてしまったことにより父の体は「下半身だけ」の姿で復活してしまう。
イアンとバーリーはもう一度(上半身を含めた)父に会うため、タイムリミットの24時間以内にもう一つの「不死鳥の石」を手に入れる旅に出る。
絶妙な世界観と、惜しさ
ファンタジー世界をベースに、文明社会化・現代化された本作の舞台は最初は目に楽しく、実に引き込まれる世界観ではあった。
ところが、その文明化されたファンタジー世界の特性を活かせていたシーンは、トータルで見るとそこまで多くはない。舞台設定は面白いのに、その魅力を完全には引き出せていないように感じた。
例えばディズニー映画の『ズートピア』のような、様々な種類の生き物が共同生活を送ることで生まれる出来事の描写や、それを街中に最適化した描写などもない。
ピクサー映画の『モンスターズ・インク』や『カーズ』で描かれたような、人間の世界の常識を置き換えたり、異なる常識を目の当たりにさせるようなギャグシーンも少ない。
強いて言えば、野良犬の代わりにユニコーンがゴミを漁っている、程度である。
人々は自分たちの本来の姿を忘れ、妖精たちは空を飛べずにバイクを走らせ、ケンタウルスも走ることなく車に乗る。その方が「楽で早いから」という先祖たちの怠惰な気持ちによる退化である。
魔法・歴史マニアのバーリーは、それらの過去の真実を知っている数少ない人物であるにも関わらず、文明化されてしまった現代では彼の話すことは伝説であり、たわごととして捕らえられ、誰も相手にしようとしない。
それが、父の残した魔法の杖と「不死鳥の石」の登場から徐々に真実であったことが証明されていく。
劇中序盤のマンティコアの酒場のシーンはその世界観を絶妙に描写しており、実にワクワクした。
マンティコアのコーリーは過去の真実を知る伝説の人物であるにも関わらず、現代的な制約に縛られ本来の姿を見失い、かつて荒くれ者たちの集っていた酒場はファミリーレストランになっているというジョークだった。
「エルフや妖精たちが住む世界」であるにも関わらず「魔法が失われてしまった世界」という設定のために、その世界の住人たちはわれわれ人間とそれほど変わらない生活を送っている。設定が設定を潰してしまっているような、非常に勿体無い結果を生んでいるような気がする。
だからこそ、一般市民の前で初めてその前提がぶっ壊される瞬間であるマンティコアの酒場のシーンは非常にワクワクさせられた。
「怖がり」と「怖いもの知らず」の対比
劇中イアンとバーリーは「怖がり」と「怖いもの知らず」として幾度となく比較される。
イアンは「怖がり」でありながら、父に会いたいという目的のために自らの殻を破り無謀な挑戦をし続ける。
またバーリーは「怖いもの知らず」として通っていながらも、クライマックス直前の洞窟のシーンで自らの過去と、なぜそういう性格になったのかを吐露する。
イアンにとっては眠っていた本来の性格を引き出し成長し、バーリーにとっては隠してきた本来の自分をイアンにさらけ出すという構造である。
これは本作のダン・スキャンロン監督が同じく監督を務めた『モンスターズ・ユニバーシティ』のマイクとサリーの関係性にも似ている。
サリーは「怖いモンスター」と思われているが、実は自分自身が怖がりであるということをマイクに吐露する。
みんな何かしら隠れている・隠している本質があり、表面上ではわからない。
話を『2分の1の魔法』に戻すと、個人的にはよりバーリーのその「弱さ」の部分をしっかり描いて欲しかったと思う。
幼い頃父を亡くし、悲しみにくれたのはバーリーとて同じである。
家族を悲しませないために明るく、向こう見ずな「怖いもの知らず」として生きるのは、彼の本来の、ありのままの姿なのだろうか。
父が追い求めた「魔法はかつて存在した」という伝説を証明するために、世間から疎まれる存在となった彼にも、洞窟で口にしたような弱い部分が、人知れず我慢して生きてきた部分があるのではないだろうか。それこそ彼は『リロ・アンド・スティッチ』のナニのような立場だ。それでもナニはリロとともに落ち込んだり、感情を爆発させるシーンだってある。一方でバーリーは、まだ我慢し続けているような気がしてしまうのだ。だからこそ、最後に父と再会できるのはバーリーであるというのは、実に理にかなっている。バーリーに対する救いのシーンだろう。ただ、それでも、もうちょっと。ね。
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気づいていないだけで、みんな既に持っている。
『2分の1の魔法』の原題は「Onward(前進)」である。
主人公イアンは、過去に亡くした父へ憧れや未練を抱きながら生き、くすぶった生活をしている。
イアンは「新しい自分」としてチェックリストを作りこなそうとするがうまくいかず、また下半身だけで復活した父とのやりたいことリストを作るも、やはりうまくいかない。
そんな彼が「Onward」するために必要なものをバーリーは魔法の習得とともに解いている。
「周りにあるものを使え」だ。
イアンは「怖がり」と思われながら、本人も自分が引っ込み思案だと思っていながらも、気づけばマンティコアのコーリーを掻き立てていたり、止むを得ず苦手な運転に挑戦したり、橋のない崖の間を歩いたりと、奥底に眠る恐れない力を目覚めさせる。
コーリーが「彼は怖いもの知らずね」とイアンとバーリーの母ローレルに言うほどだ。
コーリーは文明化で忘れていた本来の荒々しさを思い出し、ローレルも奥底に眠る勇者の魂を呼び起こす。妖精たちは空の飛び方を、ブロンコは自らで走ることに目覚める。
そしてイアンは、バーリーこそが自身の父親代わりであったことに気づくのだ。
本作が発するメッセージは「『父に再会すること=何かを得ること』で前進する、新たな自分に生まれ変わる」と言うことではない。
喪失に対して、もともと持っていたもの、奥底に眠っているもの、そばにいたものこそが大事であると気づき前進することの大切さを解いている。
何かを得ることで生まれ変わる必要はない。みんな元々大事なもの持っている。
それに気づくか気づかないかなのだ。
まとめ
舞台設定の妙が功を奏して、一体どうなるのか先の読めないストーリーだったのもよかった。
マンティコアの酒場、バイクとのカーチェイス、橋のない崖のシーン、グウィネヴィアの最期など、終始ドキドキするシーンも多かった。
それでもやはりハードルが高くなってしまうのがピクサー作品の辛いところでもあるな、とは思う。
見る人のほとんどが「良作でなければ作品じゃない、傑作で当然」くらいの判定基準のなかで、この作品は印象に残りづらく、結構苦戦してしまうと思う。
面白いシーンも泣けるシーンもあったけど、爆笑や号泣まではさせてくれない、さらっとした感じの映画であった。
あとは「Onward」というタイトルが核心をついてたので、『2分の1の魔法』という邦題はちょっとダブルミーニングを期待してしまった分ミスリードだったかな、と。
こっちが勝手に勘違いしただけとはいえ、まさかあのお父さんのビジュアルだけで決めたタイトルだとは思わないでしょ。
2人で1つの大きな魔法をうんたらかんたら、って話だと思うでしょ。
正直にもっと良くできただろ、とは思う。
それでもテーマに対し誠実に、伝えたいことをはっきりと、想いを込めて作られたんだなとは感じるから、決して嫌いにはなれない作品だった。
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