2020年のクリスマス当日の17時。
ディズニープラスにとんでもない作品が投下された。
それがディズニー/ピクサー最新作『ソウルフル・ワールド』(原題:Soul)である。
ディズニー/ピクサーとしてのセオリーは着実に守りながら、
その内容はとても子供向けとは思えないほどに成熟した内容で、
我々大人世代、またはこれから大人の階段を一歩踏み出そうとする青年期の人たちにより響くような内容となっていた。
映像も世界観も素晴らしく完成度は高いながらも、余計なものが削ぎ落とされており、
今までのピクサー作品、例えば『トイ・ストーリー』や『モンスターズ・インク』などを期待するとおそらく拍子抜けしてしまうほどに地味な出来にはなっている。
それでもSNSでの高評価を見るに、そのメッセージは確実に人々の心に突き刺さっている。
※この記事は現在Disney+で配信公開中の映画『ソウルフル・ワールド』および他ピクサー作品、また引用する他社の作品の内容に深く触れています。
目次
テーマそのもののためにある映画
例えば、本作と同じ監督である『モンスターズ・インク』などは、「もしモンスターだけが暮らす社会があって、その社会のエネルギー源を人間の悲鳴で賄っていたとしたら?」という世界観がそこにあり、ストーリーを構築していく上で作品のテーマやメッセージを織り込んでいくような作りになっている。
そのため、それらの作品では視聴者はまず世界観にのめり込み、彼らの行動を経て気づいたら製作者のメッセージに触れている、というような映画体験をする。
勘の鈍い人は映画を見て楽しむだけで終わってしまうが、それもまた一興である。
一方本作『ソウルフル・ワールド』はどうも「どうしても伝えたいメッセージ」が先にあり、それを伝えるための舞台を後から作り上げたような印象を受ける。
舞台はニューヨークおよび「ソウルの世界」これまで様々な発想でオリジナルの世界を作り上げてきたピクサーのスタッフだからこそ、それらの舞台・特に「ソウルの世界」は実に機能的で仕掛けにあふれた世界観を作り上げてはいる。
劇中登場するジェリーやテリーといったキャラクターたちは2D的デザインでありながら3Dで表現され、キャラクター自体がギミック的でおもしろい。
ところが非常にテンポのよいストーリー展開と、さらに若干複雑で概念的な舞台設定を説明的に語る流れのために、他のピクサーやディズニーの作品と比べても「この世界に行ってみたい!」と感じる魅力はそこまで強く残らない。
『モンスターズ・インク』のモンストロポリスや、『カーズ』のラジエーター・スプリングス、『リメンバー・ミー』の死後の世界、ディズニーなら『シュガーラッシュ』のゲーム内世界に『ズートピア』のズートピア『ベイマックス』のサンフランソーキョーなど、近年の作品の舞台設定はかなり魅力に溢れている。
同監督でテーマ的にも似通っている『インサイド・ヘッド』のライリーの脳内世界も、様々なしかけやギミックが存在しており、キャラクターたちがそれらを大冒険するのが非常に楽しい映画であった。
『ソウルフル・ワールド』の舞台設定が、そういった魅力に溢れていないのはなぜか。
それはテーマ自体がその舞台設定を必要としていないからでもあるだろう。
「ソウルの世界」を舞台にした大冒険を繰り広げ、それによってキャラクターたちが成長してしまうのは物語の本質にふさわしくないのだ。
そうではなくて、主人公ジョー・ガードナーにとってはありふれた日常の一部であるニューヨークの街並み、行きつけの床屋や臭い地下鉄、なんでもない出来事こそが、監督ピート・ドクターの伝えたいメッセージに直結しうるのだ。
これまでの作品に比べれば地味かもしれない舞台で、大どんでん返しもない展開ではあるが、ダイレクトにメッセージが届くような「無駄のない」作りを実現している。
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自己実現絶対主義への反論
本作の主人公ジョー・ガードナーはジャズピアニストの夢を追う中年男性である。夢を追いかけながらも中学校の非常勤講師として働いている。
そんな彼はある日、かつての教え子から憧れのジャズ・クラブ、ブルー・ノートでのオーディションのチャンスを得る。見事オーディションを成功させ、ライブ出演が決まったジョーは、夢うつつの状態で帰宅途中、工事中のマンホールの穴に落ちてしまう。
気がつくとジョーがいたのは生まれる前の魂の集まる「ソウルの世界」。
生きた自分の体に戻り、ライブを成功させるため、長年「ソウルの世界」にとどまっている魂「22番」とともに行動する。
このあらすじを聞くと、ジョーと22番がいろいろあって頑張って、波乱万丈起こしながらジョーがライブを成功させてハッピーエンド、という流れは容易に想像できる。(その行き着く流れは製作者によりさまざまだろうが)
そしてこの作品も多分に漏れずその流れを汲んでいるのだが、『ソウルフル・ワールド』はそこだけにとどまらない。
それどころか、夢を叶えたはずの男に、とんでもない現実と絶望をぶつけてくるのだ。
これまでのディズニー作品、ピクサー作品は、何度も何度もヒーローを作り出し、そして「夢を叶えること」を是とする作品を生んできた。
物語の中で彼らは誰もが知る功績を残し、人々に暖かく迎え入れられる。
しかしながら、誰もがそんな才能や能力を持って生まれてくるわけではない。
ディズニーやピクサーの素晴らしい作品に触れ、自分もあんな風になりたいとおもって、現実に夢を砕かれた人々がどれほどいるだろう。
それこそピクサーの『Mr.インクレディブル』という作品のヴィラン、シンドロームがそうであるように、夢を砕かれた人の中には、失望し、呪いを抱えたまま生きている人たちだってごまんといるだろう。そして『Mr.インクレディブル』のなかでは「力を持たない人はどう生きるべきか」という答えは明確には示すことはなかった。
この『ソウルフル・ワールド』はそんな今までのディズニー/ピクサー作品がそうであったような「容易に夢を見せる」ことや「自己実現絶対主義」を否定し、そうでない人たち、才能や力や運を持たない人たちにスポットを当てる。
こう書くと現実を突きつける心底暗い映画に聞こえるかもしれないがそんなことはない。
『ソウルフル・ワールド』が提示するのはもっと、シンプルで、もっと多くの人たちを包み込むような、優しいメッセージである。
夢を追ってナンボ、叶えてナンボの今までのディズニーの常識の中でこの作品は
胸を張って「夢なんかなくたっていい」と言ってくれる。
ディズニーにあるまじき映画なのだ。
同様のテーマとしては『モンスターズ・ユニバーシティ』や『トイ・ストーリー4』『2分の1の魔法』などが近いと思う。
つまりは今、ピクサーが目指しているのは「ここ」なのだろう。
それでも『ソウルフル・ワールド』がそれらの作品よりも前進しているのは、
「何者でもないあなたでもヒーローになれる」ということを言っているからではなく
「何者でもないあなたでもいい」と許しを与えてくれるからだ。
誰しもヒーローである必要はない、選ばれしものである必要はないのだ。
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『LA LA LAND』の正反対
SNSで指摘している人もいるが、本作はジャズを扱っているという点でデイミアン・チャゼル監督の映画『ラ・ラ・ランド』と比較される。
私個人としても『ソウルフル・ワールド』は『ラ・ラ・ランド』をひっくり返したような映画だなと感じるのだ。
『ラ・ラ・ランド』そのタイトルの通り西海岸のロサンゼルスを舞台としており、『ソウルフル・ワールド』は東海岸のニューヨーク。
『ラ・ラ・ランド』が白人主人公であったのに対し、『ソウルフル・ワールド』は黒人主人公であるというのも真逆だ。
『ラ・ラ・ランド』が恋愛を中心にストーリーが運ぶなか、最後に主人公たちが選んだのは恋愛ではなく「仕事としての成功/自己実現」である。
『ソウルフル・ワールド』は夢を叶えるために奮闘する主人公が、夢を叶えることとはまた別のベクトルで生き方を見出していく物語だ。
本作を製作するにあたって、製作陣が『ラ・ラ・ランド』を意識したかどうかは不明だし、私個人『ラ・ラ・ランド』が生涯ベスト級に好きな作品でもあるので、こじつけにも思えるが、もし『ソウルフル・ワールド』が「『ラ・ラ・ランド』の2人が夢を叶えることよりも、夢なんか叶わなくても2人が幸せに一緒に過ごした日々のほうが尊いじゃない、それが生きるってことでしょ」というような発想からスタートしてたり、と妄想を繰り広げると面白く感じる。
『ラ・ラ・ランド』でifとして繰り広げられるミアの妄想(私はifをミアの妄想として受け止めている)を思うと、結果として選択はしなかったものの、全くもって真逆とも言い切れない共通のメッセージも持っているとも思える。
まぁこれは、あくまでも与太話程度に受け止めてほしい。
人の命に大小なんてない
本作『ソウルフル・ワールド』のメッセージは、シンプルでありながらその包容力の大きさから実に偉大だ。
いわゆるSNSで「意識が高い」というと、それこそやりがいとか成長とか自己実現とか、なんせ「歯車になるな」とか「なんとなく生きるな」という強いメッセージに晒されがちである。
意識高い本人たちがそうであるだけならばまだしも、他人に強要してくるともう最悪だ。
そしてそんな、誰しもが夢を持っていて、夢を叶えるために頑張り、そして叶わなかったものが負け犬と呼ばれてしまう世界では、多くの人々が潰れてしまうだろう。
『ソウルフル・ワールド』も個人的には「意識の高い」映画作品だとは思う。
でも彼らのいう「意識の高さ」とはベクトルがまるで違う。
「夢があること」や「夢を叶えること」が、人が生きる意味ではない。
世の中には「社会の歯車になること」で人知れず人を救っている人たちだっている。
夢が敗れた人だって、仕方なく失望しながら生きているわけではない。
「生きる」ということはもっとシンプルで、些細な出来事と喜びの連続で成り立っているのだとこの映画は教えてくれる。
生きる意味のない人間なんていない。
このシンプルながらも普遍的で、確信をついたメッセージは、
人々を生産性だとかで価値判断するような政治家や差別主義者に対しての、大きなカウンターだと思う。
『ソウルフル・ワールド』が公開される予定だったのは2020年の夏だった。
COVID-19の影響で冬公開、さらには劇場公開作からDisney+配信作品に変わったが、当初の予定ではそれこそアメリカ大統領選挙の前に公開されるはずだった。
再選を狙うのはご存知の通り、平然とヘイトを撒き散らす、白人の大統領だ。
この映画は黒人を主人公に置きつつ、この優しいながらも力強いメッセージを放つ。
大統領選を前に今一度、生きる意味や価値とは何か、差別とはなにか、命の大小なんてあるのかということを問い直す映画になっていただろう。
そしてまた偶然にも、この新型コロナウィルス禍で、さまざまな経済の停滞が起こっており、思うように活動できない人々が多くいる中で
「生まれてきたこと、そのものが素晴らしいのだ」と改めて伝えてくれるこの映画は、きっと多くの人々の心を癒してくれると思う。
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