『ぼくと魔法の言葉たち』というドキュメンタリー映画がある。
2016年に製作されたアメリカのインディーズ映画で、原語版タイトルは「Life, Animated」
自閉症を患う青年、オーウェン・サスカインドの人生と、彼ら家族の奮闘、彼らがいかにして失われた言葉たちを取り戻したかを描くドキュメンタリーである。
このドキュメンタリー映画をこのブログで紹介するには理由があって、
この映画がただ素晴らしい映画というだけでなく、
彼らが言葉を取り戻すきっかけとなった大きな原動力に「ディズニー映画」という要素があるからだ。
本作はディズニー映画ではないながら、ディズニー作品の過去の映像をふんだんに使用したディズニー全面協力のもとで製作された映画である。
当ブログにおいても「ディズニーじゃないディズニー映画」として、かつて紹介した通りだ。
2016年の映画ではあるが、シネマイクスピアリ等で定期的にリバイバル上映がなされているほか、現在Amazon PrimeVideoでも見放題視聴可能となっている作品である。
ディズニー映画といえば「アニメ!アクション!SF!ミュージカル!」というイメージの強い人々にこそ、このドキュメンタリーならば、「自閉症」という人々の存在に、触れることができるきっかけになるかもしれない。
目次
オーウェン・サスカインド
マサチューセッツ州ケープコッドに住むサスカインド家の次男、オーウェン・サスカインドはまもなく3歳となる頃に、突如言葉を発しなくなり、自閉症と診断される。両親たちの奮闘も虚しく、6歳まで誰とも言葉を交わすことなく、成長したオーウェンは、ある日ディズニー映画『リトル・マーメイド』を見ながらとある言葉をつぶやく。
オーウェンの父ロンは「ディズニー映画が、オーウェンの言葉を取り戻すきっかけとなるかもしれない」と考え、家にあった『アラジン』に登場するのイアーゴのパペットを用いて、彼に声真似で話しかけてみる。
本作は、自閉症を患う青年、オーウェン・サスカインドに主軸が置かれ製作されている。彼は映画撮影当時23歳。自閉症患者向けの支援学校を卒業する年で、彼が今後社会へ出ていく上での先行き不安な様子、同じく自閉症患者である恋人との恋愛も本作では映し出される。
本作はオーウェンの父、ジャーナリストのロン・サスカインド氏が記したエッセイ「ディズニー・セラピー 自閉症のわが子が教えてくれたこと」が原作となっている。
失われた脇役たちの国
本作ではドキュメンタリー部分以外に、空想のアニメーションの物語が織り込まれる。それが「失われた脇役たちの国(The Land of Lost Sidekicks)」である。
支援学校に入るものの、周囲からのいじめを受け、再び心を閉ざし始めたオーウェン。
彼は次第に、ディズニーキャラクターのイラストをたくさん描き始めるが、その多くが主人公たちではなく「脇役」たちであった。
自らをディズニー映画における「主人公(ヒーロー、ヒロイン)」ではなく「脇役(サイドキック)」であると認識し、さらに「自分はすべての脇役たちの守護者だ、どんな脇役も見捨てない」とイラストに記す。
そんな、「すべての脇役たちの守護者」が織りなす物語が「失われた脇役たちの国」という物語である。
この物語には、イアーゴ、セバスチャン、バルー、ラビット、アブー、ラフィキ、ティモン等、ディズニー映画の様々な脇役たちが登場する。
「自閉症」とディズニー映画
本作は、オーウェンをはじめ、何人かの自閉症患者たちが登場する。
ドキュメンタリーの中で、彼や彼の家族は「世間的には、自閉症患者は他人と関わりたがらないと思われている」「でもそれは真実ではない」と語る。
オーウェンの両親ロン・サスカインドとコーネリア・サスカインドが、彼の言葉を取り戻す過程の中で、オーウェンから引き出したのは、彼の「友達が欲しい」という切なる願いだった。
友達が欲しい、つまり社会と関わり合いたいと思う気持ちが、たった6歳の自閉症の少年の中にも存在したのである。
彼は閉ざした心の中で、ディズニー映画のキャラクターに「友達」を求めた。
だからこそ、オーウェンの両親はディズニー映画を通して「社会との関わり方」を見出すことに成功するのである。
一方で、問題もある。
ディズニー映画をきっかけとして社会と関わることを学んでいく彼には、ディズニー映画が描かない領域への理解が、非常に困難であるのだ。
ディズニーは様々な映画を製作しているとはいえど、その主たる展開はHappily Ever Afterへとたどり着く。
社会と関わることで待ち受けている、非情な現実は、その深いところまで描かれることはないし、青年となった彼の欲求を満たすだけの性的な知識を与えてくれる作品は皆無と言ってもいい。
本作は魔法のような奇跡を起こしたディズニー映画のポジティブな側面を感動的に描くが、一方でこのようなどうしようもない部分に対しても真摯に向き合う姿勢を見せている。
追悼:ギルバート・ゴッドフリート
本作で注目を置かれるディズニーキャラクターはいくつかいる。
だから、ディズニーアニメファンにとってこの映画は、同じくディズニーファンであるオーウェンの、マニアックぶりを堪能する映画としても楽しめる。
彼の部屋はディズニーグッズにディズニーのVHS、ポスターに溢れ、彼が時折つぶやく言葉は、ディズニー映画のセリフに由来していることが多い。何と言っても彼は、ディズニー映画のセリフのそのほとんどを暗記しているのだ。
彼にとっては、それこそがコミュニケーションの手段だったから。
そして本作は『アラジン』に登場する名脇役、イアーゴに特に注目が置かれている。
悪役ジャファーのサイドキックであり、ジーニーに負けない強烈な喋りが特徴のキャラクターである。
奇しくも先日、その声優を務めたギルバート・ゴッドフリートが亡くなられた。
オーウェンもさぞかし悲しんだことだろう。
本映画にはディズニーアニメーションを愛する人たちにとって、大きなサプライズがいくつか隠されている。
映画を見て、是非とも確かめてもらいたい。
Life, Animated
"Life, Animated"
これが、この映画の英語版タイトルだ。
Animatedというと、直訳は「アニメ化された」とか「活き活きとした」になるのだろうが、この言葉の語源となるAnimaとは霊魂を意味する。
つまりは「命を吹き込まれた」ということも意味する。
一枚の絵であったものが、それらが何重にも折り重なり切り替わることで、アニメーションはその文字通り「命を吹き込まれる」
"Life, Animated"というタイトルは、人間によって命を吹き込まれた「ディズニーアニメーション」によって、このドキュメンタリーの主人公であるオーウェンが、人生の輝きを取り戻したことを意味する。
映画の終盤、オーウェンの元にとある依頼が舞い込み、その依頼をこなすことで映画は膜を閉じる。
アニメーションとは違い、ドキュメンタリーには生きた人間が存在して、物語は映画が終わっても続いていく。
彼と、その家族と自閉症との付き合いも、まだまだ続いていく。
オーウェンという人間は、両親や周囲の人間に恵まれ、ディズニー映画という奇跡的なきっかけも見つけることができた、ごく限られた一部の人間だ。
でも世の中に自閉症患者は数多くいることだろう。
その多くが彼のように、もしかしたら「社会とつながりたい」と思っているのかもしれない。
私たちにできることは限られているかもしれない、けどそのことを少しだけ、頭において生きていたいと思う。
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