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【東京ディズニーランド小説】第7話「いつメンディズニー最強物語」

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 この小説はフィクションです。実在の人物や団体、テーマパークなどとは一切関係ありません。

 また、某所にすでに存在しないアトラクション、グッズ、メニューなどが登場する場合があります。

 登場人物がパークおよび周辺施設の利用についてモラルに反する行為を行なっていますが、本文はそれらを推奨する意図は一切ありません。

 2021年9月に新型コロナウィルスの脅威がひと段落し、登場人物たちがマスクなしで生活している架空の時間軸を舞台としています。歴史的事実と若干の乖離があることを理解してお読みください。

 

 こちらの小説は作品投稿サイト NOVEL DAYS でもお読みいただけます。

 

***

 

 大阪梅田発、東京ディズニーリゾート行きの夜行バスに乗って、あたしら4人はやって来た。

 バイト先のいつメンの、カスミとリサとホノカとあたし。緊急事態宣言で遅番出勤丸々カットされて店長にブチギレて、4人で24時間営業のスーパーのバイトに応募して、バリバリに稼いでたのが先月まで。

 ちょま働きすぎやて、ちょっと息抜きしよて。

そんなノリで9月は毎週末遊びに行くことに4人で決めて、1週目は六甲山でバーベキュー、2週目は下呂温泉行って、3週目が今、ディズニー。もう4週目は海外行くしかないやろってテンションやったけど、普通にまだまだ感染症対策で出入国できへんし、そもそもあたしら誰もパスポート持ってなかった。お金も尽きてきたし、たぶん4週目はスイパラ行ってスポッチャやって焼肉行ってカラオケしたら終わる。でも超幸せな9月。

 

 5時半に着いて、オフィシャルのホテルに荷物を預けて、ホテルのトイレでメイク。

 あたしら4人はバラバラの高校やったけど、制服ディズニーしようやってことで、それぞれのお古の高校の制服を引っ張り出して今回のためにクリーニングして来た。制服着るには年齢的にはもう詐欺っていうか、コスプレって感じでホンマごめんって感じやけど、これもホテルのトイレで順番で着替えた。

 そんなこんなで朝イチディズニーキメたんねんって張り切って飛び出したのが6時半。9月やし、昼間の気温は高いけど、朝は流石に寒くて。朝イチディズニーって張り切って来た心がソッコーで折られて。ほんで、まさかの10時オープンとかで全然人が並んでへんくて、結局駅前のBECKSでモーニングすることにした。BECKSは大阪で見たことないから初めてやったけど、ほぼドトール。ウトウトした頭で今日どれ乗る?全部やろ!じゃあどっから攻める?みたいな話でちょっと盛り上がって、ちょっと睡魔に負けて気絶してたら9時になってて、NEWDAYSでおにぎりとお茶買ってから並びに行ったらエントランスはもうアホみたいな列になってて、出鼻挫かれまくったね。でも朝からメチャ背高い白人イケメン見つけて目の保養だった。人生捨てたもんじゃないね。人はメチャ並んでたけどほんの15分くらいでパークの中入れて、中入れたら意外と空いてた。こんなに空いてるディズニー生まれて初めてってくらい。

 

「ミヒロ、写真撮ろや!」

 

 ミヒロっていうのはあたしの名前。「瑞々しい潤い」って書いて「瑞潤」。でも漢字で書く機会はあんまない。カスミとリサとホノカも、あたしの名前を漢字で書けへんと思う。あたしだってこの子らの名前を漢字で書けへんし。

 それでも、友達。親友。

 

「はーい、じゃあ撮りますねー!せーの、はいミッキー!」

 

 入園してすぐミッキー・マウスの花壇の前でキャストさんに写真撮ってもらった。はい、ミッキー!なんて掛け声初めて聞いた。今日のカメラ担当はリサ。理由はiPhoneが12Pro Maxだから。画質超いいでしょて単純な理由。

 とりまグランド・エンポーリアム?ってお店でお揃のカチューシャ買お!ってなった。

 

「シェリーメイのないん?」

「あれはダッフィーの友達やから、シーにしかないで」

「このミニーのんで良くない?キラキラのやつ色チで。うちピンク」

「ハロウィンぽいのは?」

「スパンコールのやつがいい」

「101匹わんちゃんのやつもあんで。めっちゃかわいい」

「全部可愛ない?うちら、選べんくて一生ここから出れへんのちゃう?」

「それやばぁ」

 

 結局誰一人意見合わんで、オソロのはずがみんなで違うカチューシャ買うことなった。ほんまあたしら性格バラバラよねて笑う。

 カスミは超気が強くてリーダー的存在、めっちゃ食う。フードファイターかってくらい食う。それは嘘やけど。リサは根暗でアイドルオタクやけど、可愛くてめちゃくちゃ美容頑張っててお肌超綺麗、超ガリガリで全然食わへん。ホノカは天然癒し系、マイペース、空気読めへん、めっちゃ食う。あたしは自分ってのがあんまなくて周りに合わせがち、気弱カメレオン系、あたしも、めっちゃ食う。そんなんやから、4人揃うと4分の3が大食いで、いつの間にか食べ歩きになってる。

 居酒屋のバイトでこの4人のうち2人はだいたい出勤してて、土日祝は結構な頻度で4人揃う。夜勤明け朝マックで駄弁り散らして帰るのを定期的にやってたら、いつの間にか大親友になってた。カスミが26歳、ホノカとあたしが25歳で、リサはまだ23歳。性格も趣味も年齢もバラバラな仲良し4人組。

 

 ビッグサンダー・マウンテンとスプラッシュ・マウンテンに立て続けに乗って。そしたらカスミがお腹すいたねーって言って、食べ歩きスタート。テリヤキチキンレッグとバーベキューポップコーン、シーフードピザとブラックペッパーてりやきチキンロールを順々に、3個づつ買って食べ歩いた。テリヤキチキン被ってるやん。カスミもホノカも、絶対自分の分は一人で食べよるから、リサはあたしのを一口貰って、それだけで満足してた。

 

 お昼過ぎ、ホーンテッド・マンション行ったら、なんか独り言をぶつぶつ言ってる男の人がいて、ちょっとだけ気味悪かった。小さな子供とかではなくて、40代くらいの男の人やったから余計に。

 

「この不思議な気配を、諸君は感じただろうか。部屋がのびているのか、それとも諸君の目の錯覚なのか、よぉく見るがいい……」

 

 ホノカとカスミがクスクス笑うのから、あたしもつられて笑ってしまったけど、その人がどういうアレでこんなことになってるのかわからんし、なんか事情があるかもやし、スルーしとくべきやったよなって、後になって笑ったのんを後悔して、凹んだ。

 

「キモっ」

 

 部屋を出て乗り場に向かう廊下で、カスミがぼそって呟いた。カスミは気が強いから、こういうキツイ一言を平気でいう時がある。あたしはその度に、注意できひん弱さと罪悪感を抱えて、ちょっとしんどい。

 その後はプーさんと、抽選で当たった美女と野獣も乗れた。マジ泣き案件。その後スペース・マウンテン乗って涙が吹き飛んだ。ほんで、インスタで見てからずっと行きたかったクリスタルパレス・レストランのスイーツビュッフェにやっと行けた。普段めったに調べごとなんかせんけど、これだけは前もって調べて予約もしっかり取った。予約はリサが取ってくれた。クリパレの入り口、ガラスの天井からキラキラ光が差してて、今日晴れてよかったね、暑すぎやけどって幸せな気持ちになった。

 

「可愛い〜〜〜!!」

 

 4人が4人、可愛い可愛い言ってて、この時だけ意気投合してたと思う。可愛すぎて写真撮りまくり、スイーツ食べまくり。

 ランドだけじゃなくて、シーのうきわまんとかもあって、甘いのだけじゃないのもちょっとあって良かった。リトルグリーンまん何個食べれるかみんなで競争したけど、他のも食べつつやったし、あたしは4個でギブした。一番食べたのはホノカで12個。尊敬に値する。ほんでお腹いっぱいになって出て来て、カリブの海賊乗って、出て来たらカスミがまた、なんか食べよって言い出すから馬鹿みたいにずっと笑ってた。

 飲み物だけ買って、コンビニで買ったおにぎり食べよってなって、カスミがビール買おうとしたら制服着てるから売れませんって断られてて今日イチ笑ったわ。免許証見せて26歳ですって言っても売ってくれなかった。

 座席に座って、ソフトドリンクで乾杯する。そしたらカスミがさっきホーンテッド・マンションにいた独り言おじさんの話題を出した。

 

「さっきのオタク、ヤバなかった?」

「ああ、ホーンテッド・マンションの時のん?」

「めっちゃ一人でぶつぶつ呟いてたよな」

「なんか、諸君の目の錯覚なのかとかどうたら!」

「きゃはははは!」

 

 カスミとホノカが2人で盛り上がって笑ってた。あたしはリサを見る。リサは視線を落としてネイルを確認していた。あたしの視線に気づいて目をパチパチさせる。羨ましい。こんな顔になりたい。

 

「ほんま、あたしひとりでディズニーくる奴マジで信じられへんねんけど」

「意外とおるからビビるよなー」

 

 カスミがカバンからおにぎりを出して頬張り始める。本音を言うと友達に注意する勇気はないけど、あたしは人の悪口は苦手。なんとか話題を変えたくてスマホのアプリでパークマップを開いて言った。

 

「めっちゃ空いとるし、もう乗りたいの全部乗れたな」

「いえーい、ディズニー制覇〜〜」

 

 ホノカが両手を上げてディズニー制覇を宣言する。いや、多分半分も乗ってへんねんけど。

 

「これ行ってへんで、カントリーベア・シアター」

 

 リサが言った。あたしはどんなアトラクションだったか記憶を辿るけど、あんまり思い出せなかった。あたしの代わりにホノカが答える。

 

「それ多分昔行ったことある、寝てて覚えてへんけど」

「つまらんよなー!」

 

 おにぎりを食べ終えたカスミが話に乗っかってくる。今度はアトラクションの悪口が始まる。まぁ、人の悪口よりは、ましかな。

 

「客ほとんどおらんやろ?これ無くしてもっと面白いの作ったらええのに」

「なぁ、もっかいスペース・マウンテンいこー」

「ええやん、いこいこ」

 

 話が終わった。あたしらはおにぎりの食べ終わりのゴミもそのままに席を立った。移動するときホノカがカチューシャを忘れて近くの席の男の人に声かけられてた。

 

 パークは空いてるって言っても、午後から人が増えてスペース・マウンテンは安定のちょい混み60分待ち。なんか消毒作業が入るとかで、しばらく列は動きませんって並んでる途中にキャストから声かけがあった。

 

「무슨 일이 있어요? What happen?」

「あ、え〜っと……」

 

 列は折り返し折り返し、ぐるぐると移動する形になっていて、キャストがスピールしようとしたら近くのカップルがキャストに話しかけてしまった。顔だけでは判別できないけど、きっと韓国人。カスミもそのカップルに気づいたみたいで、ボソッと呟いた。

 

「ガイジン、日本語勉強してから来いや」

 

 そんな風に言うんだ。

 

 グサッと胸のあたりが痛むような気がした。あたしがシュンとなって視線を落としてたら、リサがそのカップルに気づいて、ロープから身を乗り出すようにして、声をかけた。

 

「え〜っと、소독을 위해、기다리다、60분!

「あ〜!OK、OK。감사합니다

 

 突然、リサが韓国語を話すから、あたしらマジビックリして、ちょっと固まった。

 

「すご〜〜!!リサ、何語?中国語?」

「いつから喋れるようになったん?」

 

 カスミとホノカは興奮して、リサを褒め称えてた。リサはドヤ顔でピースして、でもちょっと緊張したんやろな、顔はちょっと赤くなって目が潤んでた。もともと可愛い顔がもっと可愛くなってた。

 

「韓国語やで。緊急事態宣言でシフト減ったやん?あたしBTSとかBlack Pink好きやからインタビュー動画とかめっちゃ見て勉強してん」

「すご〜!まずBTSがわからん、うち」

「リサおったら韓国旅行いけるやん、まじヤバ〜」

「え〜!マジ行きたい!エステ行ってパック爆買いしよ、Mediheal!」

「内緒で韓国語勉強して〜ペラペラやのに黙ってるなんて、いつメンとしてあるまじき行為やな」

「ペラペラちゃうて」

「もう秘密はなしやで、リサ。ほんで、来年は韓国旅行確定な」

 

 そんなこんなで盛り上がってたけど、あたしはちょっとこの輪に入る気になれへんかった。

 

 というのも、あたしは、ある重大な、あたしにとっては重大な、この4人にも秘密にしている、秘密があるから。

 

 列が動き出して建物の中に入ってからはほぼほぼ止まることも待つこともなくなって、20分くらいでスペース・マウンテンに乗れた。スペース・マウンテンを降りると、カスミが鈍いうめき声をあげた。表情がかなりゆがんでいる。

 

「お腹痛……ちょ、トイレ」

「大丈夫?食べ過ぎ?」

「う〜ん、普段の1.2倍くらいは確かに食べとるケド……」

「トイレ、あっち」

 

 モンスターズ・インクの向かいのトイレ近くまで4人で歩いて行ってから、カスミがトイレへと消えた。待ってるね、と言ったはずのホノカは、10秒だけスマホをいじって顔をあげ、ニヤッと笑った。

 

「うち、ちょいお土産見てくる。おつかい頼まれててん。またLINEするな!待ってて」

 

 そう言って、ワールド・バザールの方へと消えて行った。10秒しか待ってへんやんけ!

 

 そんなこんなで、あたしとリサの2人きり。

 性格バラバラの4人やけど、基本はカスミとホノカが我が強くて、あたしとリサが流されちゃうほう。だから、結構リサとは気が合う。でもあたしと違ってリサは頭が良くて、流されつつもきっと何か自分の意見はあるんだろうなって、あたしはいつも思ってる。

 

 リサは、多分理解がある。リサになら、秘密を打ち明けられるかもしれない。

 

「みっひー、カスミちゃんのことどう思う?」

 

 打ち明ける勇気が出ずにうずうずしてたら、先にリサに話しかけられた。

 

「どゆ意味?」

「カスミちゃん、言い方キツイよね」

 

 あたしはリサの顔を見る、可愛らしいリサの顔に、冷たい表情が浮かんでた。

 

「さっきの韓国人のときも、日本語勉強してから来いや、って。そのあとにあたしが韓国語喋れるってなったら、韓国旅行行こーって。ブーメランやん」

「……そやなぁ」

「みっひーが我慢してんの、あたし知っとるんよ。人の悪口とか言うのも聞くのも好きちゃうよね。カスミちゃんが悪口で盛り上がってても、みっひー結構黙ってるもん」

「よう見てるんやな」

「あたしも黙ってるんよ。で、ホノちゃんに聞いてん。カスミちゃんのことどう思ってるか。やっぱり、ホノちゃんも意見合わせてるだけみたい」

「へ、へぇ〜」

 

 突然すぎて、あたしはこんな気の抜けた相槌しか言えへんかった。カスミの言い方は確かにキツイ。ちょっとグサッとなることが度々ある。でも、今まさにリサが他のみんなの前で普段見せない顔を見せていることの方が、あたしにはよっぽど怖かった。カスミは、ある意味で裏表がないってところは、信頼できるんだ。でも今のリサは。

 

「今回の旅行もね、ホノちゃんが言い出したのに、カスミちゃんの予定にみんな合わせたやん。いつの間にかあの子がリーダーになってるけど、あたしはあの子、わがままなだけやと思う」

「……あたし、あたしはー、優柔不断やから、決めてもらえた方が助かる時もあるなーて……」

「優柔不断なとこも大事やで。自分一人で決めるんじゃなくて、みんなの意見をまとめる優しさこそがリーダーやん。カスミちゃんのは、独裁」

「はは、独裁って、ちょい、大げさ」

「ううん、リーダーに一番ふさわしいんは、みっひーやで。間違いない。あたし思うねん、もうそろそろ、カスミちゃんはいつメンから外すタイミングなんちゃうかなって」

 

 背筋が凍る、っていう表現は、こういう時に使うんやろか。背中がザワーっと痺れたような感覚が一瞬走って、心臓がドクドク、早く脈打ち出した。いつメンと過ごす、最高に幸せだった9月が、ここ東京ディズニーランドでこんな危機を迎えるなんて。

 リサの言う、カスミの悪口ぐせやわがままっぷりには、確かにあたしらも振り回されてきた。それでも、あたしは自分の確固たる意志みたいなんがなくて、その振り回される感じをしっかり楽しんでた。悪口も良くないと思いつつ、笑ってしまう時もあったし、そもそもやっぱり大阪人って基本口悪くて、そういう環境で育ってきてるから、言い訳やけど「悪口」と「ツッコミ」の境目って、結構曖昧やねん。

 でもさ、リサのはこれは陰口やで?あたしもホノカも、カスミに注意できてへんから、人のこと言えへんけど、陰口だってよくないで?どっちが悪いとかちゃう。けど、リサの考えが正しいとは、あたしは思えへん。

 

 って、あたしもリサに直接言えずに、心の中で思ってるだけ。

 あたしはやっぱり行動できひん。リーダーなんか向いてへんよ。

 

「カスミちゃん、帰ってきた。この話、カスミちゃんには内緒ね」

 

 カスミがゆっくりと歩いてくる。表情はさっきよりマシにはなってるけど、やっぱり疲れた表情だった。カスミはペットボトルのお茶を一口含んだ。

 

「ごめ〜ん。アレ来ちゃった、ジェットコースターはちょっと無理かも」

「カスミちゃん大丈夫?ナプキン、持って来てる?」

「トイレに自販機あったからそこで買えたよ。あとホテルに預けた荷物に入ってる」

「薬は?」

「ロキソ飲んだ」

 

 カスミは辺りをきょろきょろ見渡した。

 

「あれ?ホノカは?」

「お土産見るって」

「あ〜、じゃ、そっち合流しよ。ちょっとアトラクは休憩」

 

 そう言って、あたしら3人はワールド・バザールの方へ向かった。朝イチのばちくそ高かったテンションは、ものの見事に落ち着いてしまって、もう3人とも黙ってパークを歩いてた。ワールド・バザールはエリアがほぼお土産屋やったから、ホノカを探すのにちょい手間取った。グッズじゃなくてお菓子だけ並ぶお店で、ホノカは何か探してた。

 

「ホノちゃん」

「あ、みんな。カスミ、大丈夫?」

「うん、何探してんの?」

「101匹わんちゃんのチョコチップクッキー。めちゃ美味いねんて。おねえが買ってきてって」

「目の前にあるやん」

 

 ホノカが見つめている目と鼻の先に、大量に101匹わんちゃんのパッケージが並んでいた。ホノカはぎゃははと笑い声をあげてそれを6袋も手に取る。

 

「まったく気づかんかった。なんか勝手に缶に入ってると思い込んでたわ」

「そんなに買うん?」

「うん、ちょ、お金払ってくる」

 

 ホノカの会計を待つ間、あたしらも商品を見て回った。ホノカが会計を終えたら、その後は4人で撮影会がスタートした。もう日も落ちてきて、暗くなりかけ。でもライトアップも始まってこれぞディズニー!って感じの雰囲気がしっかり出てきた。

 

「お城の前で写真撮ろやー!」

 

 カスミの掛け声で、みんなでぎゅっと顔を寄せ合う。シンデレラ城をバックにリサのスマホで自撮り。もうあたしらはお互いに化粧がつくのも気にしないくらい、ピタっとくっついている。

 こんなに仲良し。

 こんなに仲良しなのに、心の中であたしらは、実はお互いを嫌いあって、愚痴りあって、陰で悪口を言っている?

 あたしはあたしで、自分の中に秘密を抱えていて、3人の誰にも言ってない。「カスミに嫌気がさしている」っていう秘密を抱えたリサやホノカとあたし、どこがどう違う?

 

「さいっこーの思い出やね」

 

 リサがLINEで写真を送ってくれながら言う。

 リサ、その言葉はどこまで本当?

 

「写真撮ってもらっていいですか?」

 

 お城の前で白髪混じりのおじさんに声をかけられた。あたしはいいですよーと返事して、ちょっと旧式のニコンのコンパクトデジカメを受け取る。おじさんはシンデレラ城を背景に、奥さんらしき女の人の肩を抱きながら、笑顔でこちらを向いた。奥さんも笑顔。あたしはタテヨコで2枚づつ写真を撮った。

 

「ありがとう」

「いえいえ」

 

 カメラを返す時に、奥さんがiPhoneを持ってるのに気づいた。

 

「それでも撮りましょうか?」

「いいの?」

「あたしスマホの方が得意なんで」

 

 奥さんのは古いタイプのiPhone SEやけど、タッチでピントを合わせられるしデジカメより楽。パシャパシャパシャっと何枚か撮って返す。

 

「すごい。綺麗に撮れるのね」

「えへへ、どういたしまして」

「ありがとう」

「ミヒロー、行くよー」

 

 カスミに声をかけられる。あたしはそっちを振り向いて手を上げた。

 

「友達呼んでるんで、じゃ」

「あらごめんね、ありがとう」

「いつでもどうぞっす」

 

 そう言ってあたしはおじさんとおばさんのところを離れた。カスミたちはお城の裏手に白雪姫の像がある滝を見つけていて、そこに向かおうとしていた。振り返ると、おじさんとおばさんが手を繋いでワールド・バザール方面に向かっていた。可愛い夫婦やな。

 

「おじさんとおばさんの写真撮ってた」

「あの人らやろ?いい歳して手ぇつないでディズニーて、恥ずくないんかな」

「あたしは可愛いと思うよ」

 

 やってもうた。

 

 ついつい思ったことが口に出てしまった。あたしの「やってもうた」の気持ちのわりに、カスミは聞こえてへんかったんか、何一つ気に留めてなさそうやった。リサの顔を見ると、驚いた表情で目をパチパチさせてた。

 

 もしかして、もしかすると。あたしらがお互いのわだかまりを絆すタイミングって、今なのかもしれない。カスミは気に留めてない。気に留めてないってことは、多分また繰り返す。あたしらの関係は、きっと捻れたまんま。ホノカも、嫌々調子を合わせたりする。リサは多分言わないけど、また陰口叩いたりするんだ。

 あたしが、多分、なんとかしないと。

 普段何もできないけど。流されることしかできないけど。でもこの3人が好きだから。バラバラになるのは嫌だから。

 

「カスミ。あたしはさ、あのおじさんとおばさん、可愛いと思うねん。いつか……あたしなんかが結婚できるかどうか知らんけど。結婚して歳とっても、あんな感じで仲良くディズニーとか行きたいなって思うねんな」

「どしたん急に」

「あたし、カスミはちょっと口悪いと思う」

 

 言ってしまった。カスミは目を大きく見開いて、驚いた表情をしていた。普段ボケっとしているホノカですら、こっちを見て真剣に聞いている。リサがちょっと歪んだ顔を見せる。彼女は彼女なりに、計画があったと思う。ごめん、でもカスミを仲間外れにはしたくない。

 

「急にこんなん言ってごめんな。楽しいディズニー旅行台無しにしてごめんな。あたし……ちょっと我慢してた。カスミが人を傷つける事いう時いつも、あたしが言われる立場やったらどうやろ、って思うねん。キモいとか、カスミ平気で言うやん?あと、今日。韓国の人にひどいこと言ったよね。秘密にしててごめん……あたし実は」

 

 あたしは息を飲んだ。

 

「あたし実は在日コリアンの三世なんよ」

 

 カスミもリサもホノカも、何も言わなかった。ディズニーの可愛いBGMと、滝の音だけが優しく聞こえている。

 

「あたしホントの名前は 임 서윤(イム・ソユン)。じーちゃんばーちゃんが韓国の釜山出身。あたしは生まれも育ちも日本の、日本国籍やけど」

 

 周りに他のゲストが誰もいなくてよかった、と思った。

 

「いつメンは秘密禁止よね。ごめん、ずっと黙ってて。中学の時周りに馴染めんくて、高校からずっと日本人のフリしててん。仲間外れにされたらと思ったら怖かった。言い出せへんかった。ほんとごめん」

 

 こんなことを言われるなんて、思ってもみなかったと思う。カスミは今にも泣きそうな顔をしていた。カスミは俯いて、小さい声で何かをボソボソ言った。ホノカがカスミを後ろからハグして、あたしに向かってニコッと微笑んだ。

 

「あ〜、カスミだけじゃないよね。ごめん、ミヒロ。うちも悪口言ってたね。ね、ね、カスミ。一緒に謝ろ」

「……ミヒロごめん。あたし、無神経やった」

「ごめんね、ミヒロ」

 

 カスミとホノカが、しっかりと頭を下げた。顔を上げた時、カスミは泣いていた。

 

「あたしが韓国人でも、いつメンでいてくれる?」

 

 あたしはカスミに尋ねる。カスミはうん、と頷き、泣きながらごめんを繰り返した。顔を上げて、リサを見ると、リサはちょっと困ったような顔をしていた。

 

「ほんでさ、イム・ソユ……?て、どこが名前?」

 

 ホノカがいつもの調子で聞いた。

 

「イムが苗字でソユンが名前。漢字で書いたら 林 瑞潤」

「へぇ〜、名前が二つあるってかっこいい。韓国語喋れるん?」

「小学校の頃は、土日に韓国人学校で勉強してたから、簡単な会話くらいは」

「すご!リサとミヒロがいたらあたしらの韓国旅行最強やん」

 

 話を振られ、リサはニコっと、ぎこちない顔で微笑んだ。ホノカは先ほど買ったお土産袋をごそごそと漁った。

 

「もう、なんかタイミング逃したけど……ええのがあるよ」

 

 取り出したのは、ディズニーのフードの形をしたのバッグチャームセットだった。

 

「じゃーん。大食いのあたしらにこれピッタリやろ。1個ずつ選んでカバンにつけよ!」

「いいん?」

「うちからのプレゼント。うちらの友情の証」

 

 そう言われて、あたしはミッキーのアイスキャンデーの形をしたチャームを手に取る。こういうので、カスミじゃなくてあたしが先に何かを選ぶのは、もしかしたら初めてかもしれない。

 

「リサ、どれがいい?」

「あ、……えっと、これ」

 

 リサはリトルグリーンまんのチャームを取った。ホノカはうきわまんを選ぶ。

 

「ほんなら、カスミにはこの余り物のミッキーワッフルを授けよう」

 

 カスミは涙をぬぐいながら笑った。

 

「あんたら、あたしが絶対これ選ぶって知っとったやろ」

「そりゃ〜、いつメンやからな、あたしら」

 

 受け取りながら、カスミはもう一度泣いた。ホノカがカスミをぎゅっと抱きしめるのを見て、あたしも泣いた。

 

「よし、チョコチップクッキー一袋開けようや。おねぇ、ごめん、いただきます。カスミ、お腹どんな感じ?」

「痛くない。おさまっとる」

「とりま、もっかいスプラッシュ・マウンテン行く?」

「この時間に濡れたら乾かへんのちゃうかな〜」

「そんときはそん時やろ。カスミのメイクが全落ちするまで濡れるで!」

 

 あたしらはクリッター・カントリーへと歩き出した。途中、リサがあたしの側に寄ってきてボソッとつぶやいた。

 

「やっぱり、みっひーがリーダーやね。あたしの目に間違いはなかった」

「もうカスミをいつメンから外すとか、言わんといてね」

「ごめん。でも、さっきのことは内緒にしてて欲しい」

「いいよ」

 

 あたりはすっかり暗くなってて、ウエスタン・ランドは灯りが少なくて、離れて歩いてたらすぐ迷子になりそうだった。あたしもカスミとリサの肩を抱いて、あたしら4人は、周りの迷惑も顧みず横並びで歩き出した。

 

 居酒屋バイトのいつメンの、カスミとリサとホノカとあたし。あたしの名前はイム・ソユン。性格も趣味も年齢もバラバラな仲良し4人組。いつメンは秘密禁止。でもぶっちゃけそれはやっぱり無理だし、アホなこともいっぱいやる。今後も多分、誰かが悪口・陰口繰り返すと思う。でもね、その都度こうやってぶつかってさ、泣いたりしながらやっていけばええんちゃうかな。だってあたしら、こんなに仲良し。いつメンの友情は、崩れない。

 

 

 

第7話「いつメンディズニー最強物語」おわり

Chapter 7 - The Squad's Parfect Journey

 

***

 

あとがき

悪口を言う人を悪として何話か書きましたが、

彼女らに悪を押し付けてる僕は悪口言ってるのととそんな変わらないのではと思って

彼女らも彼女らで救われたらいいなと思って急遽この話を作りました。

僕は関西人なんですが、やっぱり文章に起こすと胡散臭くなるよね。若者言葉も難しくて年齢の超えられない壁を感じました。

いつメンしか勝たん。

 

 

次回予告

第8話「写真と指先」

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東京ディズニーランド小説『王国の迷子たち』