【東京ディズニーランド小説】第6話「君との時間に憧れて」

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 この小説はフィクションです。実在の人物や団体、テーマパークなどとは一切関係ありません。

 また、某所にすでに存在しないアトラクション、グッズ、メニューなどが登場する場合があります。

 本作におけるキャストの描写は筆者の想像による創作が多く含まれます。

 2021年9月に新型コロナウィルスの脅威がひと段落し、登場人物たちがマスクなしで生活している架空の時間軸を舞台としています。歴史的事実と若干の乖離があることを理解してお読みください。

 

 こちらの小説は作品投稿サイト NOVEL DAYS でもお読みいただけます。

 

***

 

 こんにちはー。何名様でしょうか?2名様。足元番号1番でお待ちください。こんにちはー。何名様でしょうか?2名様。足元番号2番でお待ちください。こんにちは。何名様でしょうか?お子様入れて3名様ですね。足元番号4番でお待ちください。こんにちはー。何名様でしょうか?5名様ですね。足元番号5番と6番で2名と3名に分かれてお待ちください。こんにちはー。あ、はい2名様で。3番の足元番号でお待ちください。はい、4名様ですね、次回のご案内になりますのでもうしばらくお待ちください……。

 

 まるで工場のベルトコンベアだ。

 流れてくる人々を的確に、瞬時に振り分けてライドへ箱詰めしていく。本当のベルトコンベアのほうが、言葉を発する必要もなく、きっと効率的だろうけど。未来のテーマパークではそういった、自動ライド振り分けのシステムも開発されて、もしかすると私が今やっている仕事もなくなっているのかもしれない。さよなら、私の労働。その頃には、私はもうここでは働いてないと思うけど。

 実際のところは「プーさんのハニーハント」はベルトコンベア式でなければレールもない。通称「トラックレスライド」といい、プログラミングによってレールやベルトコンベアなしにツルツルの床面を、複数のライドがぶつかることなく、決まった動きで複雑に移動してくれるのだ。今でこそ「美女と野獣 魔法のものがたり」や東京ディズニーシーの「アクアトピア」で取り入れられ、その数は着実に増えているが、「プーさんのハニーハント」導入時は世界のディズニーパークでもかなり画期的なシステムだったらしい。私は3年前の採用時にトレーナーが熱く語るのをポカンとした顔で聞いていた。

 

 当時憧れだった東京ディズニーランドでのアルバイトも、3年も働けば飽きる。マンネリ化する。特に今年は就活と卒論との兼ね合いで非常に忙しく、一方こちらでのアルバイトは感染症の影響で入場者数が制限され、それまでの繁忙が嘘みたいに消えてなくなったこともあり、だらけた気持ちが抜けなくなって、メリハリのないまま仕事をしていた。そりゃ、消毒の案内だとか、ソーシャルディスタンスに関するスピールだとか、今まで存在しなかったお仕事も増えていたけど。契約更新の時期に週の契約時間も減らされたが、そもそも人員削減のため契約終了となった友人もいる中、今なお勤務を続けられていることは幸運だったかもしれない。仕事において、暇すぎたり楽すぎることも、決していいことではないみたいだ。

 

 ライドの安全バーの確認に入る。出発の掛け声が上がり、私たちキャストが手を振るのに合わせて、ゲストも手を振り返す。2台目のハニーポットに座る赤ん坊が、抱かれている母親に手を振らされ、キャッキャとかわいらしい声をあげている。その隣に座る、顔はいいけどどこか間の抜けていそうな父親は、なんとなくどこかで見覚えがあるような気がする。でも、他人の空似かな。1日に何千、日によっては何万のゲストを捌くのだ、たとえ2、3周していてもさすがに覚えていない。

 

「西田さん、交代です」

 

 名前を呼ばれた方を見てうなずく。腕時計を見ると11時55分を指していた。8時からの4時間勤務が終了する。同僚キャストとポジションを交代して、私はバックステージに戻る。上司から終礼を受けて12時、退勤。

 

「桐山さん、就職決まったって」

 

 ブレイクルームでは同僚たちが別の同僚の就活の話題で盛り上がっていた。桐山とは私と同い年のハニーハントの男性キャストである。

 

「あの有名な総合商社?年収いくらになんの?」

「そもそも桐山さん、青学だからね。商社に行く人なんてゴロゴロいるんじゃない。住む世界が違うよね」

「瑠奈ちゃんお疲れ様」

 

 部屋に入りづらい雰囲気だったけど、声をかけられて微笑み、すっと部屋に入った。同僚たちは桐山くんの話題をぴたっとやめる。みんな私の就職活動がうまくいっていないことを知っているのだ。私はあえて桐山くんの話に戻して、何でもないように振る舞うことにした。

 

「お疲れ~。桐山くんうらやましいなぁ。さすがさすが」

「西田さんも、一応1本決まってるんですよね?」

 

 後輩が励ますように聞いてきた。私はにこっとして答える。

 

「おかげさまで2本、決まったよ。第一志望じゃないけどねー……みんな名前も知らない、無名にもほどがあるって言うか」

「決まってるだけですごいですよ。今年かなり厳しいって聞きますもん」

 

 後輩の慰めの言葉が、沁みる。

 私の就活は34戦、32敗、2勝。もう9月だというのに、まだ選考途中のちいさな会社が18社ある。

 志望していた大手の化粧品メーカーも、医薬品メーカーも、食品、おもちゃ、アパレル、イベント会社、地方銀行、クレジットカード会社、WEBベンチャー企業と、ことごとく不採用を食らっていた。大手ほど早々に募集を締め切り、早々に選考が進む。これだけ選考があると、ESを書いても書いても追いつかない。その間にSPI、一般常識、TOEIC、日商簿記3級、ITパスポート。第二言語が中国語だったから、漢語水平考試の1級も受けてみたけど、残念ながら準備不足で落ちた。气死我了!不採用が重なり就活の期間が延びるにつれ、どんどん募集枠も減っていき、会社の規模も知名度も小さくなって、私の焦りは次第に大きくなっていった。それでも、たった30社、俺なんか50社受けたよ、私なんか100社、なんてこという同ゼミの子もいて、ますます焦りが募っていく。

 現時点で採用が決まっているのは、栃木のかまぼこ工場の経理財務、もしくは都内のチェーンレストランの店長候補だ。これらも、11月末までにどちらに就職するのか決めて、返事をしなければいけない。どちらも、スーツ勤務のOLではなく、かまぼこ工場ではツナギの制服を着て諸々の事務作業なんかもやると聞いているし、レストランは集合研修のあと、半年は配属先でアルバイトと一緒に現場の業務をするとのことだった。名の知れたチェーンのレストランではあるが、本社ではなくてフランチャイズで運営している別企業である。以前友達に自虐的にそれを言ったら「そんなこと言ったら東京ディズニーランドもある意味フランチャイズでしょ」と謎の励ましをされたけど、規模感が全然違う。

 自分で話を続けて、勝手に自分が惨めになってきたところで、後輩が励ましの言葉をかけてくれる。

 

「名前を知ってるか知らないかじゃなくて、そこでどんな仕事をして、どんな価値を生み出すかが重要ですよ」

「おっ、カッコいいこと言うじゃん。あー俺らも来年は就活か~やっぱしんどいっすよね」

「そうだね、クッソしんどいよ」

 

 質問してきた後輩の目をしっかりと見ながら、私は親指を立てて自信満々に言った。ブレイクルームに中途半端な笑い声がモヤッと起きてしまい、ちょっとスベった感じになった。なんか痛いな、私。

 

 お疲れ、と新たな声がして女の子が入ってくる。晴華だ。

 

「お、瑠奈りん。あたしあと2時間で終わりだからさ、この後ピアリのスタバいかん?もうハロウィーンの新作やってるらしいよ」

 

 私を誘ってくれた晴華は、私と同期入社だった。同い年だけど高卒のフリーター。いつも遊びに誘ってくれて、就活の相談も、晴華にだけは臆さずすることができた。

 

「ごめん、あたし今日人と会う予定あるんだ」

「なにさ、デート?」

「デートかも」

 

 晴華はきゃあーと声をあげながら私に抱きついた。さり気なく胸を揉んできたので笑いながらデコピンを食らわせる。

 デートかもしれないし、デートじゃないかもしれない。

 今日私は久しぶりに、高校の時に片思いをしていた2歳上の部活の先輩と会う。男子ラグビー部のマネージャーだった私は、部活のエースで、ウイングポジションだった先輩に憧れていた。校内で1番、陸上部よりも足が早く、元々弱小だった母校の高校ラグビー部を県大会にまで押し上げた。先輩は高校全日本チームの補欠に名前が上がるほどの脚力とパワフルさを持っていた。有名私立大学にスポーツ推薦をもらい進学しし、私も2年後に同じ大学を受験したが結果は不合格。そこから長いこと会うことがなかったが、2年前に部活の集まりで再び会い、二次会でLINEを交換した。

 そして数日前、先輩から突然LINEで連絡が来て、私が就活で悩んでいることを打ち明けると、息抜きに今度遊びに行こうという話になった。私がディズニーランドで働いていることを知ると「是非案内してよ」といわれ、少なからず下心のあった私は、この就活の慌ただしい中ではあるが、喜んで承諾した。

 

「うへぇ〜。瑠奈にとうとう彼氏ができるのか。親友の私を裏切って?」

「う〜ん、晴華は都合のいい女ってことで」

「ひど〜い。どこかで電話するから途中経過聞かせてね。エッチの最中でも出てね」

「ばかたれ」

 

 まだ20代前半なのに、なぜか私たち二人が揃うと、おじさんみたいな会話になってしまう。

 私はみんなにお疲れ様と声をかけて、更衣室へと急いだ。コスチュームを返却してオリエンタルランド本社を後にする。

 

 感染症による休業を経て以降、厳しいゲストの人数規制がなされているということもあり、本来購入できたキャスト向け割引パスも一時的に販売を停止しており、一般ゲストと同じ方法・同じ値段でチケットを買う必要があった。私はスマホアプリで電子チケットをいつでも表示できるように準備する。待ち合わせはペデストリアン・デッキのクーポラ付近。

 ミントグリーンのクーポラの下に100㎏はありそうなガタイのいい男性が立っていた。現役時にはこの巨体で、100m走を11秒台で走っていたのだから驚く。

 

「塚本先輩」

「瑠奈ちゃん、久しぶり。元気だった?仕事終わりにごめんね」

「いえ。久しぶりに会えて嬉しいです」

 

 私の高校時代の憧れ、塚本先輩。2年前に会った時は先輩もまだ大学生で、確かeコマース系のベンチャー企業に就職が決まったと言っていた。学生当時伸ばしていた髪は清潔感たっぷりに短くされ、ワックスで固められている。肌は浅黒く、耳元にはピアスが両耳に2つずつ光っていた。

 

「俺、ディズニー久しぶりだよ。変わってない?」

「変わったり変わらなかったりですね。いつぶりですか?」

「大学2年の学祭の代休で行った以来かな。ハロウィーンだったよ」

「まぁ、パンデミックの影響で、ゲスト少ないんで、その時よりはサクサク並べると思いますよ」

 

 ペデストリアンデッキの緩やかなスロープを降りて、東京ディズニーランドのエントランスへと向かう。感染症による休業、チケットの販売制限などもあったので、私自身パークに遊びに来るのは久しぶりだった。エントランスも大規模工事によって雰囲気が様変わりしており、毎週2回働きに来ていながらも、初めて見る景色になっていた。大量のゲストを効率的に受け入れるためのエントランスのリニューアルも、チケット販売制限に伴うアテンダンスの低下の結果、閑散とした雰囲気が漂っていて寂しさが増している。とはいえ、時刻はもう13時だ。おそらくパークの中は多少なりに人で賑わっているのだろう。

 

 入園後は先輩の好きなスリルライドから順番に制覇して、「バズ・ライトイヤーのアストロブラスター」で得点を競った。スター・ウォーズが好きな先輩は「スター・ツアーズ」を大いに気に入り、2周連続で乗り、1回目とパターンが異なることに気づいてさらに興奮していた。抽選では美女と野獣ライドは外れてしまったが、「ベイマックスのハッピーライド」の権利を手に入れた。

 

「すごい、楽しいな。ディズニーランド。そんで、大学の時に行ったの、多分ランドじゃなくてシーだわ」

「え、それに今まで気づかなかったんですか?」

「うん、なんかトイ・ストーリーのシューティングとか、エレベーターで落ちるやつとかにのった記憶はあるんだ」

「あー、間違いなくシーですね」

「でもさっき乗ったバズ・ライトイヤーもトイ・ストーリーのキャラじゃん?紛らわしいよね」

 

 私は笑いながらも驚いた。一般の、ディズニーにさほど興味がない人たちにとっては、ランドとシーの区別もつかない、記憶が混濁してどっちだったか覚えていないという事がよくあるとは聞くが、実際に知り合いでお目にかかったのは初めてだ。先輩は、グーフィーとプルートの区別もつかないし、チップとデールがどちらか片方しかいなくても「チップとデール」と呼びがちである。ベイマックスは存在すら知らなかった。スター・ウォーズは好きと言いつつも、冒頭に登場したカイロ・レンをダース・ベイダーと呼ぶほどには、色々と広く浅く「好き」と言ってしまうタイプなんだなと思った。

 

「瑠奈ちゃんはどこで働いてるんだっけ?」

「私ですか?プーさんのアトラクションですよ」

「プーさん!俺好きだなぁ。それ乗りに行こうよ」

 

 私はあんまり気乗りがしなかった。今の時間はギリギリ晴華も働いてるかもしれなくて、なんだか噂のネタにされそうで。

 

「人気なんでちょっと混むんですよ。またパレードの時間とかなら空きますよ、それくらいに行きます?」

「パレード!パレードも好きだなぁ」

 

 パークに入って2時間経ってないくらいだけど、もう2万回は先輩の「好き」を聞いた気がする。私は、あんなに憧れていた先輩が発する「好き」という言葉が、こんなにも軽々しく連発されることに、少しばかり失望感を感じていた。もしこのデートがうまくいって、先輩と私が付き合うことになったとして、先輩の「好き」の重さは果たして変わるのだろうか。先輩が私のことを「好き」と言ってくれたとして、その「好き」は本当の「好き」になり得るのだろうか。他の女の子たちにも、軽々しく「好き」と言ったりしないだろうか。考えれば考えるほど、私自身の先輩に対する思いも揺らいでいく。

 私は『魔法にかけられて』のジゼルの気持ちで、デートを経て冷静になっていく恋心を実感していた。

 

「ちょっとコーヒーでも飲まない?」

 

 先輩のその一言で、私たちはトゥモローランド・テラスでお茶することになった。私はホットの紅茶に砂糖とミルクを入れ、ティーバッグを揺らす。マドラーの頭にはミッキーマウスの顔がついていて、先輩はそれにも興奮していた。

 

「就活はどう?」

 

 先輩の質問に、一瞬顔がこわばる。スポーツ推薦とはいえ、有名大学に入学して今はベンチャーで働いている先輩だ。もしかしたら、就活に関して良いアドバイスを貰えるかもしれない。それ以上に、誰でもいいから私に優しい言葉をかけてほしい、労ってほしいという、甘えたい気持ちがあった。

 

「ボロボロです。30社受けて決まったのは2社だけで、他は全部ダメで。決まっているところも、やっぱり自分のやりたいこととはちょっと違うし、まだ選考続いているところも何個かあるんですけど、どれも微妙で」

「瑠奈ちゃんのやりたいことって何なの?」

「……最初は商品作りに携わりたいなって思って、メーカーばっかり受けてました。化粧品関係の仕事に就きたくて。でも私商学部だし、化粧品って理系だし。蓋あけてみるとやっぱり「作る側」にはどうしても回れなくて。もう大学の学部選択の時点から……ううん。高校の文理選択の時点から間違ってたんだなって思って凹んで。不採用になればなるほど、もうなりふり構ってられなくなって、今は募集しているところに片っ端から応募してるみたいな感じ」

「やりたいことが叶えられないって、辛いよね。空回る気持ち、わかるなぁ」

「先輩はどうして今の会社に入ったんですか?」

 

 先輩はごくっとコーヒーを飲んでから真剣な眼差しで私を見た。私も紅茶をすする。

 

「俺、親が呉服屋やっててさ。俺一人っ子だから、子供の頃からずっと、お前はうちの跡取りだぞって言われ続けてさ。でも呉服屋なんて今の状態のまま細々と続けても絶対苦しくなるだけじゃん。自分の力で世界に対抗できるコネクションを身につけてからじゃないと太刀打ちできないなと思ったの。あとは親に対する反抗心」

「コネクション……反抗心……」

「そうそう。俺がバカやれるのは、親が収入が安定してるっていうバックボーンがあるから、まぁ恵まれてはいるんだけど。それでも親に貰った会社と金とで暮らすような男にはなりたくなかったわけ。だからさ、元々は大学の先輩が立ち上げた企業なんだけど、ここなら自分の名前を売れるぞって思って入ったの。収入は最初はショボかったけど、頑張れば頑張るほど給料多くなる会社だったから、必死で頑張ったね。今では業績が会社内で2位。外車も新車で買えるし、多分呉服屋継ぐよりも貰えてるんじゃないかな」

 

 どうしよう。全く参考にならない。それどころか、就活の相談のつもりだったのに、何だか先輩の自慢話になってきている。

 

「瑠奈ちゃんも、今決まってるところも微妙って言ってるけど。やっぱりやりたい仕事か、そうじゃなくてもお金がしっかりもらえて安定してる仕事か、どちらかが重要になってくると思うんだよね。仕事ってやっぱり歳取るまでずっとやり続けることだから。どちらもないと厳しいよね」

「確かに、やりたかった仕事ではないし、お給料もそんなに良くないです」

「今の俺の仕事は、決してやりたかったことじゃない。俺はずっとラグビーで生きていくつもりだったし。でも、今の仕事は、割り切れるだけのお金はもらえて、余暇にラグビーもできる、贅沢もできる。だから頑張れてるよ」

「羨ましいです」

「ちなみに、正社員も募集してるよ。新卒求人サイトとかには載ってないけどね。面接とかは普通にしなくちゃいけないけど、俺の紹介なら、多分採用される」

 

 話が急展開した。先輩の紹介で、先輩の会社に入る?こんな都合のいいことって、本当にあるだろうか?「最初はしんどいけど、努力して業績を伸ばせばそのリターンは確実にある」いろんな会社の会社説明会で、こういった言葉は何度も聞いてきた。どの会社であっても、実際にそういう部分も少なからずあるだろうし、盛っている部分もあるだろう。「努力して業績を伸ばせば」の基準も、困難さも、まだ働いていない私には全くピンとこない。でも、他の会社説明会と大きく違うのは、「先輩の紹介」というハンデを貰えるかもしれないというところだ。

 でも、いや。

 慎重になるべきなんじゃないだろうか。先輩の手首から金のヴェルサーチの時計が、誘惑するようにちらっと顔を覗かせる。

 

「どういうお仕事なんですか?」

 

 私が思い切って聞いてみると、先輩はにっこり笑った。高価そうな名刺入れから、先輩の名前入りの名刺が出てくる。

 

合同会社 ボンドコネクション

 

「うちの会社はさ、人々の固い絆にこそ商品価値があると思ってるんだよ。単純にいえばネット通販の会社なんだけど、Amazonや楽天みたいな、無数の企業が出店しているマーケットみたいなものではなくて、おれたち会社側が厳選した、審査を通過した質の保証されてる商品と事業主だけが参入できるようになってる。購入できるのも、所在を明らかにしてる正式な会員のみで、転売とか不正とかが一切起きないようになってるんだ。そういうお互いの信頼のもとで生まれた絆を大事にしてる」

「えーっと……」

「俺たちの仕事は、出店企業と絆を結んで、信頼のおける商品を提供すること、そして商品をしっかり宣伝して会員を増やして、お客さんに買ってもらうこと。お客さんも、信頼あるいい商品が買えるってことで、他の人にオススメする。そうして会員を増やしていく。会員紹介制度を導入していて、紹介人数に準じたインセンティブもある。こうやって、絆は広がっていく。絆だよ、大事なのは。入社試験の第一歩はプレミアム会員として応募して書類選考、そこから半年かけて300人のプレミアム会員を紹介できれば、見事、正社員になれる。正社員になれなくても、お客さんと同じで紹介した人たちの購入金額に応じてちゃんとインセンティブが支払われるから、就職活動しながらお金も貯めれるんだ。俺の紹介なら、書類選考は間違いなく通過できるよ」

「それは……すごい、画期的ですね」

「絆の力はすごいからね」

 

 先輩への憧れが、ガラガラと音を立てて崩れ去っていくのがわかった。

 どうやら私はマルチの勧誘を受けている。

 「絆」というポジティブな言葉がここまで禍々しく、胡散臭く聞こえるようになるとは思いもよらなかった。次に絆と聞いたら吐いてしまうかも。この人は自分で言ってて虚しくならないのだろうか。

 私は血の気が引いてふらっと倒れそうになるのを必死にこらえながら、引き続き熱く語る先輩の表情を死んだ目で見つめていた。この勧誘を周りに聞かれていやしないかと恥ずかしくも思う。「数年ぶりに憧れの高校の先輩とディズニーランドに遊びに行ったらマルチに勧誘された話」としてnoteに書き綴ったらバズりそうな展開だ。それでもこの虚無感は、そんな面白展開を楽しむ余裕は与えてくれず、時間が過ぎるほどに悲しみだけを募らせていく。感染症禍で娯楽は制限される。就活はうまくいかない。気晴らしのつもりで行ったデートでマルチに勧誘される。

 もう、最悪だ。男って最低だ。全員地獄に堕ちてほしい。

 

 ガタガタガタっ、と大きな音がして、少し向こうのテーブルで女性が男性に怒りをぶつけているのが見えた。赤ん坊が泣き出す。

 

「あなた、10ヶ月も父親やってて、乳児に蜂蜜がダメなことも知らなかったの?まだ食べさせてないよね?病気になって、死ぬかもしれないんだよ?」

 

 女性は、呆然としている男性をそのままに、赤ん坊とバッグを抱えて店を飛び出した。今朝、私が退勤直前にハニーハントで見送った一家だ。父親らしき男性は、口をポカンとあけたまま動けなくなっていた。

 

「瑠奈ちゃん、瑠奈ちゃん。おーい」

「あ、ごめんなさい。違うこと考えてた」

 

 視線を先輩に戻す。朝に出会った時には格好良く見えていた先輩も、今となってはもう何か気持ち悪い大きなタンパク質の塊に見える。体はでかいけど、口から吐く言葉の全てが、風に吹かれて飛ばされそうなくらい薄っぺらい。風の日おめでとう先輩。こんな人に憧れていたなんて。

 

「ちゃんと聞いてよぉ。ちょっと俺、トイレ行ってくるね。その間によかったら採用、考えてみてね」

 

 先輩が席を立つ。これが私と先輩の、最後の別れの瞬間だった。

 心の中で先輩に中指を立てて、LINEもインスタもFacebookもブロックをした。さよなら、憧れの塚本先輩。間違えてたのは文理選択だけじゃなかったんだ。

 

 私は紅茶をがぶっと飲み干したあと、カバンから鏡を取り出してリップ塗り直し、店を出ることにした。立ち上がって、先ほど女性に怒鳴られていた男性の前を通る。そういえば、見覚えのある顔なんだよな、この人。

 

「あ……」

 

 思わず足を止めてしまった。

 見覚えは確かにあった。確実に私は、この人と顔を合わせている。いや、正確には面と向かっては顔を合わせていないが、画面越しに。私が最終選考まで進んでいて、そして見事不採用となった製薬会社の、8月の最終WEB面接で、私を面接した面接官の一人だ。そういえば、私が東京ディズニーランドで働いているということに、やたらと喰いついて来たのを覚えている。

 私が不自然に男性の前で立ち止まってしまったため、男性は私の顔をわけもわからず見つめていた。口はポカンと開いたままだ。この人は私のことなど覚えていないのだろうな。

 でも、先ほど聞こえた女性の怒鳴り声の流れからすれば、悪いのは確実にこの男性だろう。こんな男性でも採用される会社で、不採用になる私。なんだかムカムカしてきた。いつだって、我慢したり、しんどい思いをするのは女の人だ。私は顔もよく覚えていない、この男性の妻に同情する。詳細な経緯はわからないけど、きっとどこかで腹を立てたり、泣いたりしている女性のために、何か言わなきゃいけないような気持ちになった。

 

「追いかけて、謝らなくていいんですか」

 

 緊張で声が震えそうだったけど、押し殺して、でもしっかりと怒りを込めて言ったら、自分でもびっくりするくらい怖い声が出た。10歳は離れているであろう小娘にこんなことを言われるのは、この男性には屈辱かもしれない。

 男の人は慌てて広げていた荷物を整理し、バタバタと店を出て行った。

 ちらっと隣の席を見ると、また別の親子が座っていて、親の方は私と目を合わせないように視線を逸らしたが、5歳くらいの子供の方はボーッと私の顔を見つめていた。言いたいことを言ってスッキリした気持ちと、言ってしまったという後悔と半分半分だった。

 

 トゥモローランド・テラスを出て、外の空気を吸う。9月ってまだこんなに暑いんだな。スマホのバイブが鳴って確認すると、晴華からの電話だった。

 

「そんでそんで、デートは失敗だったのかい瑠奈りん」

「はるりん、あんたエスパーかい」

 

 電話の向こうで晴華がケッケッケと笑った。

 

「いや〜、上手くいってたら電話は出ないでしょうよ〜。そうかそうか、ダメだったか」

「今どこ?一人?」

「ピアリにいるよ、ストアの前。木村くんと橋田さんとグズマンでご飯食べて、いましがた一人になったところさ」

「そこで待ってな、いますぐ行くぜ」

「きゃん」

 

 私は電話を切って、急ぎ足でパークを出た。イクスピアリのディズニーストア前で落ち合った私たちはスターバックスでハロウィーンの新作メニューのフラペチーノを買う。店内は感染症対策で間引きされており座るところがなく、外で食べることにした。

 エントリープラザの柵にもたれ、走るリゾートラインを見ながらパンプキン風味のクリームを頬張る。冷たさと甘さが体に染み渡り、今日の疲れが少し癒されたような気持ちになった。

 

「晴華はキャスト続けるの?」

「んー……辞める理由がねぇなぁ。他にやりたいこともないしなぁ。給料は低いし社員はウザいけど、楽しいっちゃ楽しいじゃん?」

「まぁね」

「瑠奈も就活なんか辞めちゃって、フリーターとしてTDRで働くがよい」

「待て待て、奨学金の返済とか、どうすんのさ」

「うう〜、若干22歳にして借金漬けの学生、世知辛い〜」

 

 私はため息をつく。いい大学を卒業して、いい会社に勤める。そんな理想を抱いていたはずなのに。どうしてこうなってしまったんだろう。なんだか、自由な生き方をしている晴華が羨ましいとすら思えてきてしまった。

 

「TDRだって、パンデミックがおさまったらまた、過酷な日々が待ってるさ」

「つまらない仕事と薄給と、重労働の未来しか見えないのが悲しい」

「結婚して子供産んだら専業主婦なんて時代でもないしね」

「専業主婦とか、無賃重労働の極みじゃん」

「新たな地獄だよね」

 

 私ははぁっとため息をついた。

 来年の春、私は一体何をしている人になっているのだろう。もう、自分の夢を追いかけるフェーズは終わってしまったかもしれない。ただ粛々と、やりたくない仕事を続けて疲弊していくのだろうか。

 

「本音言うと、私も何にもしたくないね。ただこうやって瑠奈とだらだらと崇高なフラペチーノタイムを満喫していたい」

「それサイコーだね」

「もう優勝でしょ」

「国民栄誉賞だね」

「ゴールデングローブ賞でしょ」

「ゴールデングローブ賞って野球の賞?」

「知らないけどキャッチャーがうまい人みたいな響きはあるね」

 

 くだらない会話が延々と止まらない。私は再びフラペチーノをスプーンで口まで運ぶ。甘くておいしい。スパイスがほろ苦い。

 

「ねぇ、晴華」

「なんだね」

「私がいなくなってもここに来て、何にもしないってことをしてくれるかい?」

 

 晴華は突然私の方を見て、私の手をフラペチーノで冷えた右手でぎゅっと握った。

 

「何にもしないは一人だと寂しいんだわ。ずっと一緒にいようよ」

 

 それだけ言って、晴華は手を離して振り返り、私に背を向けながら黙々とフラペチーノの続きを食べ始めた。晴華なら、プーのものまねで答えてくれるかなと期待したけど、意外な反応だった。私ひとりが将来について悩んでいて、うまくいかない現実に絶望して寂しいんだと思ってたけど、そうじゃなかったんだな、多分。

 あたりはすっかり暗くなっていた。遠くに小さく見えるシンデレラ城とワールドバザールのキラキラと光る灯りを見つめながら、私はちょっとだけ泣いた。

 

 

第6話「君との時間に憧れて」おわり

 

***

 

あとがき

本当は瑠奈と啓太の話になるはずでしたが、

書いているうちに話の方向性が変わって

いろいろ考えてこういう形に落ち着きました。

僕は就活に失敗して大学中退し、高卒フリーターだった時期があるので、

瑠奈も晴華も愛おしいのです。

 

 

 

 

次回予告

第7話「いつメンディズニー最強物語」

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