誰が怪物で誰が人間か?数多の人々を虜にする『ノートルダムの鐘』の魅力。

劇団四季創立メンバーであり、ディズニー映画『ノートルダムの鐘』日本語吹き替え版の制作にも尽力された浅利慶太氏ご逝去の報に接し、謹んでお悔やみ申し上げますとともに、 心からご冥福をお祈りいたします。

www.asarioffice.com(2018年7月19日・日本時間 追記)

 

 

 

 

僕が『ノートルダムの鐘』を初めて観たのは、意外や意外日本テレビでの地上波放送だった。調べてみると2002年の4月19日とのことだ。*1

 

本格的にディズニーオタクになるのはそれから2年くらいかかるのだけど、あの当時この映画がもたらした衝撃が大きかったのは覚えている。

 

1996年のウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ作品『ノートルダムの鐘』(原題:The Hunchback of Notre Dame)はディズニー作品の中でもかなり異質の作品である。

ヴィクトル・ユーゴーの悲劇的小説『Notre-Dame de Paris』をもとに作られた物語。

ディズニーらしさを殺さずに、様々な新しい要素を内包した本作は興行成績こそ期待したほどにえられなかったが、数多の人々を魅了しディズニーアニメーション史上最高傑作の一つにあげる人も少なくない。

 

 

劇団四季によるミュージカル舞台版も大ヒット中の今、ディズニー映画版『ノートルダムの鐘』の魅力を伝えたいと思う。

早く四季版も観たいなぁ。

 

目次

 

あらすじ

フランスのパリ、ノートルダム寺院の近くで判事のクロード・フロローはジプシー狩りを行なっていた。ジプシーとは移動型民族の一派で、占いや独特の音楽や踊りを見世物にしてお金を稼いでいた。

ある夜ジプシーの一家を追っていたフロローは命がけで子供を守ろうとした母親を殺してしまう。子供の顔を見たフロローはその醜さから子供を殺そうとするが、ノートルダムの司祭によって止められる。神の恐怖を感じたフロローは償いのために仕方なく彼を育てることに決め、醜い彼に「カジモド(半人前)」という名前を与え、寺院の鐘つき堂の中に住まわせることになる。

20年後、すっかり大人に成長したカジモドは外の世界に憧れているが、フロローは彼が寺院の外へ出ることを許さない。お祭りの誘惑に駆られたカジモドは変装しこっそり外へ抜け出し、そこでジプシーの美しい娘エスメラルダに出会う。彼女の優しさに惹かれていくカジモドだが、寺院の外に出たことがばれてしまい市民から迫害されてしまう。エスメラルダは彼を助けるが、ジプシーの彼女はフロローの標的となってしまう。

 

映画のテーマ

この映画のテーマは記事タイトルに書いた通りである。

日本語吹き替え版は違う訳が与えられているが、オープニング曲「The Bells of Notre Dame」ではこういう歌詞がある。

 

 
Now here is a riddle to guess if you can
Sing the bells of Notre Dame
Who is the monster and who is the man
 
 
 
作詞/スティーブン・シュワルツ

 

「誰が怪物で、誰が人間か」

 

 

わかってもらえるとは思うが、これは見た目が醜いと迫害されるが心は優しいカジモドや、呪いを使い人々を貶めると信じられているジプシーのエスメラルダと、自分を正義だと信じて疑わないが欲望のために平気で手を汚すフロローとの対比である。

 

「正義なんて言って、本当に助けが要る人たちには冷たい事ね」

 

「王様を選び損ねたようね。道化ってのは、あんたの事よ!!」

 

序盤、トプシーターヴィーでカジモドが「道化の王様(パリ一番のブサイク)」として晒し者にされたの後のシーンで、ヒロインのエスメラルダはフロローに向かって彼の間違いと冷酷さを指摘し挑発する。

 

「見た目ではなく、心の美しさこそが大事」というメッセージが冒頭の「誰が怪物で誰が人間か?」という問いかけに内包されている。

 

1991年の「美女と野獣」でもこれらの要素は描かれ、特にヴィランのガストンは(一応)「男前」として描かれていた。

2017年版実写「美女と野獣」では終盤のル・フゥによるセリフで、そこがより明確になっている。

 

作品のストーリー的にも完成度の高さ的にも「美女と野獣」と比べられることが多い本作であるが、いくつか明確な違いがある。

野獣はそもそもが美しい王子様で、自らの過ちによって醜い野獣へと姿を変えるが、カジモドはそうではない。

生まれながらにして他の人々とは違う「異質」を一生背負って生きていく人物である。物語が終わっても彼の見た目は変わらない。魔法ではないために溶けることもない。

 

野獣は自らの醜さを呪い、内にこもってしまうが、カジモドは同じように自身の外見を呪いながらも、心は優しく、たくましく、夢を育みながら希望の歌を高らかに歌い上げる。

「美女と野獣」は内容は素晴らしいが「結局人間に戻るんかい!」という批判がいつまでも繰り返されている。結局美女は美男子と結ばれて、醜い姿の人々は選ばれない。

実写「美女と野獣」はそのスタンスを崩さずに、より内面を掘り下げることで納得させようという試みが見られる。

 

 

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この作品に限らず、ディズニーはずっと「外見ではなく中身の心の美しさの大事さ」を謳ってきた。

が、その割には必ずと言っていいほどに主人公たちの外見は美しく描かれてきた。「シンデレラ」などでは逆に敵対する継母や義理の姉たちを醜く描きさえしてきた。

 

しかしながら「ノートルダムの鐘」はそこから明確に1歩を踏み出した作品であり、ディズニー映画の表現に新しさをもたらした。

 

「あり」か「なし」か。意外すぎる結末

原作「Notre Dame de Paris」僕は未読なのであんまり偉そうなことは言えないけど、悲劇的作品として知られている。

なんていうか誰も救われなくてみんな死ぬ。

「レ・ミゼラブル」(ミュージカルがヒットする前は「あゝ無情」というタイトルが有名だった)のヴィクトル・ユーゴーの作品だと言えば「なるほどね」と思うかもしれない。

 

それでもディズニーアニメーション長編で悲劇は許されない。

登場人物が無念に死ぬことはあっても救いがあるように描くのがディズニー長編である。そのため原作版とディズニー長編は大きく異なっている。

物語はハッピーエンドになるよう工夫されている。

 

それでもこの物語の結末はそれまでのディズニー映画ではあり得なかった展開になっているのだ。

この結末を批判する人もいれば、これがあるからこそ名作だという人もいる、僕自身結構複雑な感情を抱いてはいる。この映画を見て救われない人々もいると思う。

それでもこの結末は、僕にはとても尊くて「ディズニー映画は夢と魔法という言葉でなんでも解決する」という批判に対するカウンターにもなり得るし、カジモドという人物の成長をしっかりと描いた結末と言っていいと思う。

 

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恐ろしく「人間的」なヴィラン、そして人々。

ヴィランのクロード・フロローは見た目は白髪のジジイであるが、異様な人気があるキャラクターである。物語の二枚目ヒーローポジションを担う体調フィーバスに比べても圧倒的人気と言っても過言ではない。そして人気順でいえばフロローとフィーバスの間には多分クロパンが入る。知らんけど。

 

このヴィラン、フロローの魅力というのはなんなのか。

それは「人間性」だと思う。彼は冷酷で人の死を厭わない。

これのどこが人間的なのかと突っ込みたくなるかもしれないが、彼は自身の「正義」と「禁欲」そして「理性」「本能」「嫉妬」など様々な要素の中で揺れ動き苦しむキャラクターでもあるのだ。

彼は「ジプシーが世の中を乱す」ということと「ジプシーを殺す」ことが正義であると疑わない。疑わないはずなのに、カジモドを殺そうとした際にふと神の視線を感じて戸惑い、恐怖しまうのだ。

そして殺すべき対象であるはずのエスメラルダに欲情してしまう。自分のものにならないのであれば殺してしまえと開き直る彼は実に恐ろしく、理性が吹っ飛びパリの街を燃やしてしまう。

 

 

そしてこの物語にはもう一種類のヴィランがいる。

それが「民衆」である。

 

これもまた「美女と野獣」でも描かれたし「アナと雪の女王」にも似たような描写がある。

見た目の違う弱い人々を晒しものにし、攻撃する。

この映画にはジプシーを匿うような優しい人々も登場するが、カジモドに手を差し伸べる人々は、物語が終わりに近づくまでエスメラルダとフィーバスと司祭の3人だけである。

最後にフロローに立ち向かう人々も、カジモドのために立ち上がるわけではなく、理性を失い暴政を強いるフロローへの怒りが頂点に達したにすぎない。

この物語において民衆は都合よく敵と味方に切り替わる。ジプシーに対しては味方であるがカジモドに対しては冷酷だ。これはなんと恐ろしいことだろうか。

しかしながら彼らのコロコロと変わる立場すら、「民衆」という不特定多数をリアルに描いているとさえ思う。

 

あえて苦言を強いるなら

綺麗なまま終わらせればいいんだけどあえて苦言も呈したいところがあって、それが「ガーゴイルたちの立場」。

歴代のディズニー作品と同じようにサイドキック的役割を担っている彼らは、カジモドに自信を与える役割を担っているが、その言葉が余計にカジモドを傷つける要因になっている気がする。

彼らが励まし、カジモドが勇気付けられ、失敗する。

このパターンが劇中2回くらい繰り広げられる。

 

もちろんいいセリフもあって、友達のいないカジモドにとっては目を覚ますきっかけにもなるのだが、もうちょっとうまくキャラクター作りができなかったものか・・・と思ってしまう。

 

彼らガーゴイルの歌う「ガイ・ライク・ユー」という曲はアラン・メンケン作曲のめちゃくちゃいい曲だが、劇中流れるタイミングが最高に悪い。

パリの街が燃えていて、エスメラルダも危ないかもしれない。

そんなシリアスなタイミングで「あの娘は君に夢中だよ」というような曲を歌うのは、ちょっとどうかしていると思う。

 

ふと、「ガイ・ライク・ユー」に関してツイート検索をしていたら、劇団四季ミュージカル版ではそこに対するフォローみたいなものもあるようで、ちょっと気になる。

 

まとめ

 

「ノートルダムの鐘」はいいぞ。

 

なんやかんや言っても、何度見ても面白い!それにつきる。

今までのディズニーでは見られない新鮮さに溢れたこの作品の魅力は公開から22年経った今でも決して色あせることはない。

 

もちろん「シンデレラ」も「美女と野獣」も「アナ雪」も、ディズニー作品としてめちゃくちゃに素晴らしいのだけど、そこから一歩踏み出せる「ディープなディズニー」のきっかけになる作品の一つだと思います。

「美女と野獣」を見るならぜひこの「ノートルダムの鐘」も併せて観てほしい。

それからディズニーじゃないけど「シェイプ・オブ・ウォーター 」とかも 笑

 

間違いなく、いろんなことを考えるきっかけになると思いますよ。

映画って素晴らしい。

 

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