2019年の3月にディズニーが20世紀FOXの買収を完了させ、日本では2020年の頭から20世紀FOX作品(また社名は20世紀スタジオに変更となる)がディズニーにより配給されることとなった。
そんなスタジオの過渡期の中で、20世紀FOXが抱えるアニメーションスタジオ、ブルースカイ・スタジオで生まれたのがこの『スパイ in デンジャー』(原題:Spies in Disguise)である。
日本では5月22日に劇場公開予定だったが、新型コロナウィルスの影響により公開中止、7月10日にディズニー+上陸とともに公開された。
主演はウィル・スミスとトム・ホランドという最高の組み合わせ。
だが、そもそもブルースカイ・スタジオ作品なんて『アイス・エイジ』と『ブルー』をちょろっと観たくらいで、全然チェックしてこなかったので、
延期に次ぐ延期で、映画が見られるような状態になる頃には自粛期間も終わっていたし、全然観る気が起きなかった。
だから、全然期待していなかったのだが、正直に言う。
めちゃくちゃ面白かった。
目次
第一印象は良くない
序盤は正直、果たして面白くなるのかこれ?という感じだった。
導入として主人公の一人ウォルターの幼少期のシーンから始まる。
時代が現代へ進むと、もう一人の主人公ランスが日本の熊本のヤクザの本拠地に潜入するシーンへ移行する(ちなみにこのヤクザの根城は一瞬twitterで話題になった)
お、これはなかなか高得点な「外国人が考えた日本」が出て来たな…! pic.twitter.com/NgfoI1eFI2
— 沼底なまず (@eenamazu) July 10, 2020
笑っちゃうんだけど、そろそろこういうのも怒っていかないといけないと思う。
序盤はいわゆる「ディズニーではないアニメーション会社」といういう感じの、下品さ、俗っぽさ、過激さ、アホさ・・・全てをノンストップで畳み掛ける展開で、個人的には食傷気味になった。
ドリームワークスにしろ、イルミネーションにしろ、ソニピクにしろ、過激ギャグを詰め込んで笑いを取ろうとする感じが、個人的にはあんまり好きではない。
だから第一印象は正直、良くなかった。
一方でテンポよく繰り広げられるアニメならではのスパイアクションはそれなりに面白く観ることができた。
そのおかげで映画を止めることなく「観れるな」と思っていたのだが、気づいた頃にはその映画のバカバカしい展開にのめり込んでおり、最終的には映画のテーマにあたる部分にぐさっとやられてしまった。
「誰も傷つけない」ために
ストーリー自体はいたってシンプルである。
凄腕スパイのランスが裏切りの疑惑をかけられ、組織を追われる身となる。真相を暴きたいが真犯人はランスの外見に変装して事件を起こしているため、迂闊には動けない。
そんな時に組織のラボで働く変人ウォルターの「姿が見えなくなる薬」を思い出し、彼の家に押しかけたところ、ランスはハトに変身してしまう。
ハトになったおかげで姿は隠せるが、捜査はなかなか進展しないし、ウォルターの開発するスパイの道具は「人を傷つけない」「カワイイ武器」ばかり・・・。果たしてランスは元の姿に戻り、真犯人を捕まえることができるのか。
アニメーションとしてはシンプルで既視感のあるストーリーながら、気持ちのいいテンポと詰め込まれたギャグで物語は進む。
だが、僕が何より感心したのはストーリーそのものではなくそのテーマだ。
もう一人の主人公ウォルターはスパイの研究室で働いているにも関わらず「誰も傷つけない道具」ばかりを開発して変人扱いされている。
ランスはスパイとして様々な汚いことに手を染めてきたような発言がある。
ウォルターの研究は優しすぎ、カワイすぎで、スパイとしてはダサい。
そして力にならないと切り捨てており、ウォルターはランスに憧れていながらも、ランスは彼を他のみんなと同じように変人扱いしていた。
そして本作のヴィランである。
ベン・メンデルソーン演じるキリアンは、過去にランスや組織の行った作戦により仲間を殺され、自身も半分サイボーグのような体になってしまった男である。
この所謂「ヒーローが生んでしまったヴィラン」は様々なヒーローもので登場する。
そして彼らはただ「悪」や「敵」として登場するのではなく、時としてヒーローに対し「問題提起」を行っていくのだ。
本作で言えばキリアンは、ランスら組織の人間の、「正義」を盾にした容赦ない暴力のために仲間や体を失い、復讐に燃える。
ランスはかつての自分の過ちや、自分が放った冷たい言葉を思い返して後悔する。
そこに対する完璧なアンサーとして存在するのがウォルターの「誰も傷つけない発明」だ。
途端に、前半の詰め込まれたギャグや力が抜けるようなアホな演出が、ただの笑いのシーンではなく、ヴィランへのカウンターのための伏線になるのだ。
序盤で僕が感じた、下品さ、俗っぽさ、過激さ、アホさ・・・すべてが繋がっていて、そのフラストレーションが一気に昇華してカタルシスに変化する瞬間だった。
普通に観ればなんて事のない映画だ。
だからこそ、あまりにも油断しすぎていて、ハッとさせられてしまった。
単純にヒーローもの、スパイアクションもの、でいえばディズニー/ピクサーの『Mr.インクレディブル』や『インクレディブル・ファミリー』の方が圧倒的におもしろい。
だが、実は『インクレディブル』のシリーズって、「ヴィランを倒して世界は平和になった」で終わっていて、ヴィランを生んでしまった自分たちの過ちに対する返答を行なっていないのだ。
この「ヒーローが生んだヴィランへの回答」という観点だけで見れば、この『スパイ in デンジャー』は『インクレディブル』シリーズより優れていると言えると思う。
そもそものテーマとして「ヒーローが誰も傷つけずに戦う」というのが、社会的に正しすぎるし、(FOXの映画なのに)いかにもディズニー的で実に素晴らしく、そこの意外性をついてきた感じがドリームワークスの『シュレック』っぽくもある。
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MCUや他映画へのオマージュ?
あまり本筋とは関係ないが、そもそもこの映画は2009年の「Pigeon: Impossible」という短編映画を長編化したものであるという。
そのタイトルの通り、ハメられて組織から裏切りを疑われ逃げるスパイは映画版『ミッション・インポッシブル』そのままだ。
また、主演がトム・ホランドだからなのか、映画『スパイダーマン:ホームカミング』や『スパイダーマン:ファー・フロム・ホーム』で舞台となった場所がロケーションされていたりと、ちょいちょいMCUへの目配せが多い気がする。
ウォルターの発明でトリップするシーンは『ドクター・ストレンジ』的でもあり、ラストバトルはなんとなく『エイジ・オブ・ウルトロン』っぽかった。
まとめ
正直もっとキャラクターを掘り下げたりすれば深みが出て名作になっていたんじゃないだろうかとは思うのだが、
油断してたぶん、そうでなくても全然納得いくくらいには面白かった。
「好きな映画は?」と聞かれて上がってくるレベルではないのだけど、
迷ってるなら是非観て、感想を聞かせてほしいくらいにはおすすめしたい映画だ。
今回はあまりにもハッとさせられてしまったので大げさに表現してはみたが、
普通に何も考えなくてもテンポよく飽きずに見れるのが本作のいいところでもあると思う。
マイナスイメージから入ったのもあるが、テーマの割には「泣かせよう」という気がさらさらないドライな感じも、最終的には好印象だった。
ディズニー+で観れるので『Mr.インクレディブル』『ベイマックス』などヒーローものと合わせて、お暇な時に是非。