世間は映画に「ヒーロー的なもの」を求めすぎなのかもしれない。
映画がどれだけ魅力的かを測るときに、
「主人公は物語の中で何を成し遂げたか」という要素が基準になってしまうときがある。
そういうときに、この映画みたいに主人公が「具体的に何か」を成し遂げていない映画は「つまらなかった」と評されてしまうかもしれない。
だから、こういう映画を見ると、
「ヒーローらしさとは何か」「主人公らしさとは何か」という基準や、
自分が考えている価値観が改めてリセットされるように感じる。
本日語るのはBlue Sky Studio制作、20世紀FOX配給『I LOVE スヌーピー THE PEANUTS MOVIE』だ。
目次
3DCGで描かれる『PEANUTS』
日本ではご丁寧に『I LOVE スヌーピー』と内容とはほとんど関係のない邦題がついているので非常にわかりやすいが、『PEANUTS』とはチャールズ・M・シュルツが原作の漫画である。
主人公チャーリー・ブラウンとその飼い犬スヌーピーほか、ルーシー、ライナス、サリー、シュローダーなどの友人たちが繰り広げるちょっと哲学的なセリフがシュールなコミック、およびそのアニメ化作品である。
こういうクラシックな作品ではなんでもそうだけど、「初めて3D CGで描かれる」となると、やはりビジュアル的な不安は高まる。
それでも当記事のトップに載せた画像から分かるように、3D CGではあるが、絵のタッチはそのまま原作を再現したようなデザインである。
改めて3DCGで描く意味とは?を考えたくなってしまう気もするが、『PEANUTS』のCG映画化としては最適解であるように思う。
劇中、あえて2Dのコミックストリップ的なアニメーションを織り交ぜることで映像としての面白さも得られているし、スヌーピーが妄想小説の中で活躍する「フライングエース」のシーンでは広大な自然が大迫力で現れて画面にメリハリがあった。
一本軸の通った起承転結あるストーリーに『PEANUTS』にわかの私でも知っているような原作にある小ネタ要素を散りばめた、入門編としても最適なまとまった展開で非常に観やすい。
いわゆる「ピーナッツの名言」てきな哲学的セリフはあまり出てこないところは残念でもあるが、正直原作がどこまで哲学書的要素をもったコミックなのかわからないので、そう感じるのは私自身の先入観ゆえかもしれない。
すべてのチャーリー・ブラウンたちへ
先ほどちらっと書いたように、漫画『PEANUTS』の主人公はチャーリー・ブラウンである。
本作『I LOVE スヌーピー』も主人公は同じくチャーリー・ブラウンだ。
何をやってもダメな少年チャーリー・ブラウンはある日、向かいに引っ越してきた「赤毛の女の子」に恋をしてしまう。
彼女の気をひくため、飼い犬スヌーピーの力を借りながら様々なことに挑戦するが、何をやっても失敗ばかり・・・。というのが本作のあらすじ。
ちなみに、この赤毛の女の子に恋をする話も、さまざまな挑戦で彼女にアピールするくだりも原作準拠らしい。
観ているこちらが引いてしまうほどに失敗を恐れて自信のない少年チャーリー・ブラウンが、それでもなお挑戦し続け、その度に失敗する。
『ドラえもん』ののび太くんのような楽観主義者でもなく、そばには万能ロボットのドラえもんもいない。いるのはやけに人間っぽい飼い犬のスヌーピーだけ。
のび太くんのように映画版ミラクルを起こして、ヒーロー的成果を成し遂げることはない。
そんな「何者でもない主人公」がチャーリー・ブラウンである。
だが、この映画には、「何者でもない人々」を勇気付けるメッセージが詰まっている。
何かすごいことを成し遂げられなくても、栄光を掴めなくても
誰かにとってはヒーローである可能性はある。
それはチャーリー・ブラウンが優しく、他人想いで、何度失敗しようとも、自信がないネガティブな思考ながらも、何度だって挑戦する前向きさを備えているからだ。
ミラクルは起きない。
けど、そんな努力の日々を誰かが見守ってくれているかもしれない。
チャーリー・ブラウンの本名はチャールズ・ブラウン。
原作者チャールズ・M・シュルツが、彼自身をモデルにしたとも言われている。
スヌーピーの愛らしさ
『I LOVE スヌーピー』はチャーリー・ブラウンが主人公である。それは断固として譲らない。というか観てもらえば分かる。
だが、もう一つ譲れないことがある。スヌーピー可愛い。
『PEANUTS』というコミックにおいて、スヌーピーというキャラクターが主人公を差し置いて大人気になった理由も、映画を見れば大いに理解できる。
やたらと人間味のある行動をする不思議なビーグル犬スヌーピーは、
チャーリー・ブラウンの恋路を応援しフォローつつも、自由に自分勝手に楽しんでもいる。
学校に潜入しようとし、タイプライターを拾い小説王となり、小説の中では妄想のパイロット「フライングエース」として大活躍、ダンスパーティーに潜入し「ジョー・クール」として粋にキメたり、馴染みのある変装モチーフを次々と繰り出してくれる。
中でも「フライングエース」の大活躍はメインストーリーとはほとんど関係がないのにも関わらず、かなりの尺を使って大胆に展開される。
全部スヌーピーの妄想なのに!
スヌーピーのくだりのほとんどが映画にとってコメディ要素であり得るのは、メインのチャーリー・ブラウンの物語があまりにも地に足のついた平凡な物語だからなのかもしれない。
一方で『PEANUTS』という漫画において、スヌーピーの妄想や変装癖は欠かせないものであることは間違いないし、『PEANUTS』の魅力を映画化しようと思えば、この唐突なスヌーピーの大冒険も必要不可欠だろうと思う。
チャーリー・ブラウンの物語と並行して進んでいく分、スヌーピーの妄想も彼の感情の波に影響されて浮き沈みしていくという、全く違う話なのにリンクしているのも、展開をすっと受け入れやすくしている。
ブルー・スカイ・スタジオとディズニー
話がガラッと変わるが、今回私はこの映画をディズニー+の配信で観ることになった。
20世紀FOX配給/ブルー・スカイ・スタジオ制作の本作は、
ディズニーによるFOX買収により、完全子会社となったのである。
ブルー・スカイ・スタジオは『アイス・エイジ』シリーズ『ブルー 初めての空へ』や昨年日本のディズニー+でも配信された『スパイ in デンジャー』などの作品がある。
チャールズ・M・シュルツは当初、ディズニースタジオで働きたいと手紙を送ったこともあるらしいが採用されなかった。漫画では度々ミッキー・マウスをネタにしたり、一方で自身の絵柄に非常にこだわりがあり、ディズニーに権利を買われて「ディズニー的に」絵柄を変えられることを非常に恐れていたという話もある。
そんな『PEANUTS』の映画が、回り回ってディズニーの元にやってきてしまったというのは皮肉なものである。
そもそも『I LOVE スヌーピー』の企画は、シュルツの家族が計画したものであり、シュルツの意に反しそうなことを極限まで避けつつ長編映画にしたものでもある。
私はディズニーのファンではあるが、『PEANUTS』としての作品性を無視して続編を作る、なんてことは絶対にあって欲しくはないなと思うのである。
また、数日前悲しいニュースが発表された。
買収劇の裏で、いくつかスタジオが閉鎖されていたことを考えると、ある程度予想できたことではある。
ネームバリューで言えばピクサーやイルミネーションやドリームワークスにはかなわないし、正直目立たないスタジオではあった。日本では特にそう。
またコロナ禍の影響も非常に大きいと思う。
映画製作は慈善事業ではないし、じゃあ自分が飽きるほどブルー・スカイ作品を見たかというと嘘になる。
この困難な時代に、希望を生み出せるアニメーションを作れる会社が減ってしまうのがただ悲しい。
子供の頃から、大人になっても
大人向けか子供向けか、という区別が本作の前ではあまりにも無意味だなと思う。
スヌーピーが妄想で繰り広げる大冒険も可愛らしく面白いし、
マーシーがチャーリー・ブラウンに読書感想文の本としてトルストイの「戦争と平和」を薦めるくだりなど、大人だからこそわかる小ネタも、本を極端に分厚くすることでヴィジュアル的に彼の挑戦しようとしていることを伝えるわかりやすさが感じられ、しかもそれがギャグにつながっていくという工夫もあり、大人が見ても全く飽きない。
スヌーピーネタを少しでもかじっていれば、キャラクターが登場するたびにニヤニヤして、ライナスがぼそっと呟く「かぼちゃ大王」でテンションが上がる。
実に私のような初心者向けで、非常にバランスのとれた映画だ。
そして何より、私はチャーリー・ブラウンの失敗してどんどんネガティブになっていく様に自分を重ね合わせたし、ラストシーンに希望を見いだすこともできた。
そのメッセージが実にシンプルであるからこそ、全世代を通じて響く内容になっていると思う。
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