ディズニー・アニメーション・スタジオ長編作品に『ビアンカの大冒険』(原題:The Rescuers)という、素晴らしくおもしろいシリーズがあるのをご存知だろうか。
このブログでも何度か言及している通りなのだが、そりゃーウォルト時代の珠玉のクラシックスや再起をかけたルネサンス期の作品や、ラセター体制の最新長編アニメに比べたら色々と劣る点はあると思うし、ジェンダーの描き方だってかなり歪だ。
それでも言います、この作品はおもしろい!
というわけで本日はこの『ビアンカの大冒険』シリーズ1作目、その名も『ビアンカの大冒険』の魅力を語ります。
目次
この作品は何かが違う。
この物語のオープニングは油絵の静止画から始まる。油絵の上にセル画のアニメーションを重ね、少女ペニーが「HELP」と書かれた手紙を瓶に入れ海へ投げいれる。
バックで流れるペニーの恐怖と悲痛な叫びを代弁するかのような「The Journey」という壮大な楽曲。
油絵は彼女が投げ入れた瓶が遥か遠くの見知らぬ地から、大都会ニューヨークまで流れ着いたことを伝える。
この演出がはたして、たくさんの子供が見るファミリー映画にふさわしいかどうかはわからないが、このオープニングだけで「この映画、なんだかとてつもないぞ」という予感を与える。
魅力的なネズミ社会と救助救援協会
例によって原作を読んでいないのでどこまで忠実なのかは不明だが、『ビアンカの大冒険』はイギリスの作家マージェリー・シャープ氏によるネズミが主人公のファンタジー小説「ミス・ビアンカ」シリーズのいくつかの物語を組み合わせ、内容を変えて制作している。
油絵のオープニングが終わると、画面は途端に明るいニューヨークの国際連合本部ビルのシーンへと移る。
世界各国の大使のカバンから小さなネズミたちが登場し、国連本部地下にあるネズミの世界組織「救助救援協会」(Resucue Aid Society)を映し出す。
このシーンから始まる、人間の様々なものを拝借して作り上げたネズミたちの社会は、さまざまなアイデアに満ち溢れているし、生き生きと世界各国の民族衣装を身に纏ったネズミたちが可愛らしい。
これらは歴代のディズニーアニメーション短編などで培われたものでもある。小さな動物たちが人間のものを頂戴し、工夫し、利用していくアニメーションはそれほど珍しくもなく、だからこそ見せ方や演出が勝負となってくる。
そして極め付けが「救助救援協会」のテーマソング。序盤の悲壮的な雰囲気はどこへやら、耳について離れないそのメロディは物語を一気に明るくし、音を外しながら歌う協会の人々に対し遅れてやってくるミス・ビアンカの歌声が彼女の性格や「できる女」っぷりをしっかりと反映する。ネズミでありながら誰が見ても可愛らしく、劇中のネズミたちも彼女に見とれる。
魅力的すぎる女性、ミス・ビアンカ
主人公ミス・ビアンカはキャリアウーマンで、世間知らずで、オスのネズミからモテモテ、人間である我々であってもその美しさや上品さは一目でわかるように描かれている。
この手のおしとやかな「女性らしい」キャラクターは、現在のディズニーではほとんど描かれなくなったが、何度観ても魅力的なキャラクターだと思う。
着飾り、香水をつけ、長期の旅行には荷物が多くて、(人間用の巨大な)エスカレーターでは転んでしまうし、なんどもバーナードに助けを求めるが、心の中には正義感の炎が燃えている。自ら救助へ名乗りを上げ、どれほど危険なことであろうとも、自分の使命と感じずにはいられない。
彼女のようなキャラクターが生まれたのはディズニーの過渡期だからこそだと思う。
12年後の『リトル・マーメイド』以降の価値観ではこのようなキャラクターは生まれなかっただろうし、黄金期のアニメーターたちが年を取り、新たなる世代へバトンを渡し始めるタイミングの作品でもあった。
この作品にはドン・ブルースやグレン・キーン、ロン・クレメンツなども参加していたし、次作『きつねと猟犬』でははっきりと世代交代を意識したメンバーで制作されている。
そんな中産まれたこの主人公は、冒険や危険を恐れないルネサンスディズニー的な正義感を持ちながらも、「男性が望む理想の女性像」をこれでもかとつぎ込んだキャラクターとなった。
その描写は現代では批判の的になりそうな「思わせぶり」なものも多い。
あまりにも古臭い、献身的な女性描写である。
それでもミス・ビアンカというキャラクター像は実に魅力的でありそこに嘘はつけない。
そして一番大事なこととして、彼女は男のために何かをするということをしない。
全て自分の意思で、可哀想な人間の少女を助けるために果敢に立ち向かう。
マダム・メデューサに殺されそうになった時、彼女は悔しそうに言う。
「許せないわ!私たちを撃とうとするなんて。今に見てらっしゃい!もう、私の背が3メートルあったら思い知らせてやれるのに!!」
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臆病なバーナードは「僕ら」だ。
このシリーズのもう一人の主人公、そして実質的な真の主人公はバーナードである。
そもそもディズニー長編映画に男性主人公は多くないが、それまでに登場する男性キャラクターは地位が約束されていたり、騎士道を学んでいる王子たちであったり、空を自由に飛び回るピーター・パン、無鉄砲ながら獰猛なトラに立ち向かうモーグリ、野蛮な王国の兵士たちと戦う盗賊のロビン・フッド、などである。
ピノキオや『王様の剣』のワートのような例もあるけど。
バーナードはそんなタイプではない。
臆病で、迷信や不吉な事柄を信じていて、救助救援協会の大使たちに挨拶し雑用を任されるだけのキャラクターだ。
それがひょんなことからビアンカのペニー救助のためのパートナーに選ばれ、大冒険に身を投じることとなる。
見栄を張って「僕が先に見てくる」と進み出したはいいものの、あっけなく逃げ帰ったり、アホウドリ航空のオービルの背中に乗り離陸するシーンは極端にビビったり、序盤はとてもヒーローとは言い難い。
言い難いのに、こういうキャラクターにこそ、僕は感情移入してしまう。
バーナードというキャラクターに自身を重ね合わせる人は多いと思うし、世の中の大半がピーター・パンのようなヒーローではなく、バーナードだろうと思ってしまう。
そんな臆病で頼り甲斐のないバーナードが、ビアンカを徹底的にサポートするため、彼女のピンチを救うため、そして協会の使命、ペニーを救うために知恵を絞り活躍するのだ。
オービルの背に乗り夜空を飛ぶシーンで、この先に待ち受けているであろう恐怖への不安に苛まれながらも、屈託無く肩に持たれて眠ってしまうビアンカをみて、バーナードは優しく彼女の肩を抱く。
現在これをやると「女性を発奮材料にしている」という批判をされるかもしれない。それが「男性の理想の女性像」を詰め込んだビアンカが相手だから余計に。
それでも言いたい。
恋の力は無限大である、と。
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まとめ
『ビアンカの大冒険』はいいぞ。
正直いろいろ問題も含まれている映画だと思う。差別的とは言わないが、女性の描写にはやはり疑念が残る。やっぱり地味だし、脚本も甘いし、動物園のシーンとか結局何も起こらなかったし、場面転換も唐突だし、完璧な映画だとは言えない。
いくらなんでもキャラのサイズ感がおかしすぎでは、、、 pic.twitter.com/UMrIgG2P7v
— すん (@s_ahhyo) 2018年6月12日
ネズミとウサギとフクロウがほぼ同じサイズというのもおかしいと思う。
そういう色々な荒さをキャラクターの魅力と明るさ、そこに相反するようなメインストーリーのダークさで押し切った、力押しの作品だなぁと思う。
本作をもって引退したミルト・カールが「マーク・デイヴィスの創った『101匹わんちゃん』のクルエラ・ド・ビルを超える!」と意気込み創作されたキャラクター、マダム・メデューサは、クレイジーで恐怖に満ち溢れているし(それでも正直クルエラには敵わないとは思ってしまう)終盤、伝説のダイアモンド「悪魔の目」を手に入れるための洞窟のシークエンスはかなりドキドキさせられる。
反撃のシークエンスはオープニングが嘘のように明るく、お祭りのようですらある。
男の子向き、女の子向き、という言葉はもはや差別的であり、僕自身現代にふさわしいとは思わない。
思わないけど、ディズニーのクリエイターたちはこの『ビアンカの大冒険』を「男の子のための物語」として作ったのではないだろうかとは思う。
誰もが羨む理想の女性が横にいながら、なんの地位も力もない臆病でヘマも多い男の子が冒険に繰り出し、彼女を守るためにがんばる。
それはさながら少年漫画の主人公のようであり、男の子の理想と現実が絶妙なバランスで成立している。
ピーター・パンになれなくても、ロビン・フッドになれなくても、ちょっと勇気を振り絞れば、大好きなあの子のためならば、ビアンカにとってのバーナードにはなれるかもしれない。
おまけ:続編もいいぞ
この作品には『ビアンカの大冒険 〜ゴールデンイーグルを救え!〜』という続編があります。この作品のダメなところ、どうしてもダレてしまっているところを反省し、ここらに書いた良いところも全てパワーアップした、類稀な完全レベルアップの続編です。
また近いうちに書いて更新しますので、しばしお待ちを。
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