『イカボードとトード氏』(原題:The Adventure of Ichabod and Mr.Toad)という作品を知っているだろうか。
非常に特殊な作品なので、ちょっと説明が大変だが、
この記事タイトルは若干盛っている部分もあるので全ては鵜呑みにしないでほしい。
数年前まではなかなか気軽に観ることのできない作品だったが、ディズニー+の登場により簡単に観れる作品となり非常にありがたい。(新ディズニー+移行に伴い一時的に消えてまだ復活してないようだけど)
私は海外版blu-rayを購入したけど、ハズレの盤に当たったようで、本編途中で映像が乱れてしまいちゃっと観れなかったこともあり、結局ディズニー+で観ている。
というわけで知るひとぞ知るウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ長編、第11作目『イカボードとトード氏』についての解説と私の所感。
WDAS作品史上、もっともトガった作品だよ、これは。
目次
2本の短編によるオムニバス
WDASは第6作目『ラテン・アメリカの旅』から本作『イカボードとトード氏』まで、
複数の短編の物語をつなげて一本の長編映画とするオムニバス形式で作品を発表してきた。
これらは『白雪姫』以降の長編作品が興行収入に恵まれず莫大な借金を抱えていたこと、第二次世界大戦の勃発によりスタジオが思うように使えなかったことと、戦後のスタジオ立て直し期が原因であり、より制作時間・コストの低い短編を中心に制作されたことが理由である。
『ラテン・アメリカの旅』『三人の騎士』『メイク・マイン・ミュージック』『ファン・アンド・ファンシーフリー』『メロディ・タイム』そして『イカボードとトード氏』はそれぞれ「長編映画」として分類されていながらも、中身は短編の寄せ集めであり、作品ごとの質のばらつきも大きく、長編として評価がしづらい作品である。
この時期はいわゆる「第1次暗黒期」とも呼ばれ、『イカボードとトード氏』の翌年に『シンデレラ』が発表されて、やっとディズニーの復活と黄金期を迎えるのである。
さて『イカボードとトード氏』だが、本作も2本の短編からなる映画である。
「たのしい川べ(The Wind in The Willows)」=「トード氏」と「スリーピーホローの伝説(The Legend of Sleepy Hollow)」=「イカボード先生」の2本立てだ。
まず『イカボードとトード氏』というタイトルなのに収録順が逆なのもちょっと気持ち悪いところだ。『トード氏』がクリスマス、『イカボード』がハロウィーンの時期を描いているので本気で順番逆にしてもらいたい。
それぞれイギリスとアメリカに伝わる物語をアニメーションにしたという導入である。
見てもらえれば分かるが、この2本、異様に狂っているのである。
トード氏の物語
日本ではあまり馴染みがないかも知れないが、「トード氏」はアメリカのディズニーパークではアトラクションが作られているほどの人気ぶり(?)だ。
少なくとも知名度はあるのであろう。
何にでも興味を持ち、その度にお金を注ぎ込む「ハマり癖」のある主人公、トード氏はある日最新式の自動車に興味を持つ。
とあるバーでギャングの一味に出会い、彼らの自動車と自分のお屋敷を交換する約束をしてしまったトード氏は、ギャング団にハメられ「自動車泥棒」の濡れ衣を着せられて逮捕されてしまう。
法廷で有罪判決が出てしまい、牢獄に閉じ込められるが、愛馬セシルの助けで脱獄。お屋敷を取り戻すためにギャング団との戦いに出向く・・・というストーリー。
まず、ぜひ観てもらいたいのが、トード氏の異様なまでの車への執着シーンである。
初めて自動車を見て、そこから薬物乱用常習犯のように「イカれて」しまうのである。私、イカれた人たちとは会いたくないわ。
この描写が、笑えるっちゃ笑えるのだけど、笑えというにはちょっとキツすぎる。
その後は法廷での裁判シーンになだれ込むのだが、そもそもこのシーン面白くないし、もうターゲットにしている年齢層が全くわからない。
そして無実の罪で有罪となり、牢獄にぶち込まれ、クリスマスにプリズン・ブレイクを図るという、ディズニー史上稀に見る暗さの展開が続く。
脱獄に成功し、ギャング団を倒すために屋敷に忍び込んだくらいから、やっとディズニーらしさ全開のドタバタ劇が帰ってくる、といった感じだ。
最終的にはギャングを倒して無実を証明しハッピーエンド!
となるのだが、結局トード氏の「ハマり癖」「浪費癖」はなおらず、「やれやれ、トホホ〜」といった感じの終わり方。
これ、トード氏半分くらい悪いよな、その割には反省全くする気配ないよな。
そういう、教訓があるのかないのかわからない中途半端さが気持ち悪い映画である。
イカボードの物語
イカボードの物語は何を隠そう、ウォルト・ディズニー・アニメーション・スタジオ長編史上初のホラー映画であることが特色である。
『白雪姫』もホラー要素を多分に含んだ映画ではあるが、ストーリーを最後までホラーで突っ走ったのはこの「スリーピーホローの伝説」が最初で最後だろう。
とはいえ、さすが『白雪姫』を作ったスタジオともいうべきか、ホラーシーンがしっかりと恐ろしい演出で描かれている。
それでいて導入は明るい音楽に彩られた、ひょろひょろガリガリな中年主人公イカボード・クレインとガストンのパチモンみたいなガキ大将ブロム・ボーンズによる恋の戦い。
美しく可憐な若き令嬢カトリーナ・ヴァン・タスルを射止めるためにあれやこれやとドタバタ劇を広げる二人。
年の功と賢さ・品の良さ・ダンスのうまさでイカボード氏の完全勝利かと思いきや、ブロムがハロウィーン・パーティの夜に話したスリーピー・ホロウの迷信「首なし騎士」の話をしたところ、イカボードがその帰り道に首なし騎士に襲われて行方知れず&カトリーナはブロムと結婚・・・という、ディズニー史上でも最悪と言ってもいい「死&NTR」というバッドエンド映画となっている。
確かに、イカボードが「おかしな人」扱いで村にやってきたわりに、なぜかモテモテ、完璧すぎるが、かといって特別悪事を働いている訳でもなく、村の令嬢のハートをあと少しというところまで射止めかけたというだけで、この悲惨な結末は全く救いようがない。
迷信とか妖怪、童話の類って、子供をしつけするために生まれた説が強く、それならば何かしら教訓が含まれていいようなものなんだけど、首なし騎士は誰彼構わず狙ってくる感じが実に怖い。
だからこそ思う、一体ターゲットにしている年齢層はどこなんだ、と。
物語は最初から最後まで、そう首なし騎士から逃亡するシーンに至るまで、イカボードの動きがコミカルに描かれている。
それで場を和ませることができればいいが、あのキャラクター造形であの動き、怖がり方はむしろそれ自体が恐怖演出といってもいい。
子供が見たら普通に怖いと思う。というかイカボード先生の登場シーンすら怖いんじゃなかろうか。
「ディズニーは美男美女のハッピーエンドばかりだ」という輩には『ノートルダムの鐘』もいいがこの『スリーピー・ホローの伝説』もかなりお勧めしたい。
教訓も救いのない、だが魅力はある。
『イカボードとトード氏』に収録されている短編2作品は、どちらにも教訓も、救いもない。
トード氏は浪費癖から抜け出せず、きっとなにかやらかすだろう。イカボードは何もしていないのに怪物に襲われて死んでしまった(と思われる)
どちらの作品も、ディズニー作品ではあるのに子供に向けて作っている感じが全くしない。
もちろん、「子供に向けて映画を作る」という姿勢でいると、子供を甘く見た作品になってしまう、だからこそ「ディズニーはすべての年齢に向けて映画を作る」ということはよく言われている。
それでもこの『イカボードとトード氏』を見ると「ディズニーが子供に向けて作品を作らなかったら誰向けでもなくなる」みたいな、何を作っているのか制作側がわからなくなっているような不気味さを感じるのだ。
これまでのオムニバスシリーズと比べても、キャラクターの動きのきめ細かさや演出など、全体的にレベルが高く、自作『シンデレラ』『ふしぎの国のアリス』『ピーター・パン』とヒット作を連発していくのも、これだけのアニメーションを作れるだけの技術力と情熱があったからなのだなと感じさせられる。
物欲、性欲、狂気、虚無、裁判、投獄、脱獄、亡霊、死・・・というディズニーではあまり描かれない事象ばかりが描かれている本作。
それが作品のテイストと相まって、えもいわれぬ魅力をを放っているのも事実である。
一度でいいから是非みんなに見て欲しいし、『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』みたいに、どこかでカルト的人気を誇っていてほしいけど、カルト的なだけできっと人気はないし、今後も出ないだろう。
イカボード先生とかグッズにし辛いし。
でもトード氏は可愛いよ。
余談だけど海外パークにはトード氏のアトラクションがあるし、ハロウィーンでは首なし騎士が登場することもしばしば。
日本でも、流行れって思う。